餌をとるために水深約20メートルに浮上したタチウオを、コノシロ(コハダ)の切り身で釣る。体長は1メートル弱(撮影/写真映像部・馬場岳人)
餌をとるために水深約20メートルに浮上したタチウオを、コノシロ(コハダ)の切り身で釣る。体長は1メートル弱(撮影/写真映像部・馬場岳人)
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 フワフワでうまみたっぷりの白身が人気のタチウオ。銀白色の長い体で水中を漂う姿は、スーパーに並ぶ切り身からは想像もつかぬほどエレガントだ。近年、サンシャイン水族館(東京・池袋)が生体展示に挑んでいる。鱗がなく傷つきやすいタチウオを、いかにダメージ少なく捕獲し、運ぶのか。飼育員たちの工夫が凝らされたスピード勝負に同行した。

【写真】人の手もガブリ?タチウオの鋭い歯がずらり

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 11月7日、午前7時5分。横浜市の八景島駅近くから1艘の釣り船が出港した。サンシャインの目玉のマンボウが大きくなりすぎて他の水族館に引っ越したため、代打として白羽の矢が立ったタチウオを手に入れる任務を負う。

 獰猛(どうもう)なくせに衰弱しやすい、この魚。健康体で確保するのは至難の業だ。逃げられやすくなるのは承知で、釣り針先端の突起・「返し」を潰して針が素早く外れるようにしたり、体内の浮袋が膨れすぎないようゆっくり釣り上げたり、労力は惜しまない。スタッフたちは「お客さんに『おいしそう』って言ってもらいたい。魚が元気な証拠だから」「僕のおすすめはバター多めのムニエル」などと話していた。

 冬が近づくにつれ、食いつきが落ちて釣るのが難しくなるが、魚群探知機を見つめる船長からは「いっぱい来てるよ! 潜って捕ったほうが早いかも」「釣るほうに気持ちが入ってない!」と喝が飛ぶ。

 午前11時20分に帰港。早々に弱ってしまってスタッフの「ごはん」になる数匹を除くと、23匹捕れた。輸送車で高速道路を駆け、みんな無事に水族館に運びこむ。だが、試練はこれからだ。タチウオの生態は謎が多く、突然餌を食べなくなり1カ月ほどで死んでしまう個体も少なくない。カタクチイワシをはじめとした生き餌を試したり、水温や照明の明るさを変えたり、飼育法の確立に向けて日々試行錯誤が続けられている。

■漁場到着。釣り糸を垂らす

撮影/写真映像部・馬場岳人
撮影/写真映像部・馬場岳人

魚類の飼育担当4人に加え、船員1人、助っ人で呼ばれた釣り船の常連客1人の計6人で釣り糸を垂らす。すぐそばに海上保安庁の輸送艦や自衛隊の潜水艦が浮かぶのは、横須賀ならでは。軍港の重々しい景色をバックに、一斉にひょいひょいと釣り竿を揺らしてターゲットを誘う。

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大谷百合絵

大谷百合絵

1995年、東京都生まれ。国際基督教大学教養学部卒業。朝日新聞水戸総局で記者のキャリアをスタートした後、「週刊朝日」や「AERA dot.」編集部へ。“雑食系”記者として、身のまわりの「なぜ?」を追いかける。AERA dot.ポッドキャストのMC担当。

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