そう語る黒谷さんが、俳優として一つの転機になる作品に出会った。映画「祈り-幻に長崎を想う刻-」は、戦争体験者で劇作家の田中千禾夫が1959年に発表した戯曲「マリアの首」の映画化である。戦後の長崎を舞台に、廃墟と化した浦上天主堂に置き去りにされた聖母マリア像を盗み出す信徒の女たちと、戦争や被爆体験に苦しみながら、新たな一歩を踏み出す人々の姿を描いたこの戯曲は、唐十郎さんや野田秀樹さんら多くの演劇人に影響を与えたとされている。黒谷さんは、この映画で、爆心地で自分を犯した男への復讐を誓いながら、闇市で詩集を売る忍を演じた。

 撮影は、2020年1月。

「ちょうど新型コロナウイルスが猛威を振るい始めた時期で、長崎での撮影中にマスクを買おうとしたら売り切れていた。でも、まさかあのときは、コロナ禍の影響を受けて公開が約1年延期される事態になるとは思っていなかったです」

 コロナ禍で、いろいろと不自由を強いられることも多いが、忍を演じながら、運命に翻弄される残酷さと、その中でも生きるよすがを見つけていく人間のたくましさを、同時に学んだような気がした。

「忍は、原爆を落とされた直後の長崎で、喉がカラカラに渇いているときに、男からトマトをもらって、助けられた。でも、その男に犯されてから、『今度会ったときにこのナイフで俺を刺せ』と、1本のナイフを渡されます。そんな酷いことをされた相手に、心のどこかで惹かれていた。私は、忍を演じながら、その気持ちとだけはなかなか同居できませんでした。ですが、『今度会ったらあいつを殺す』という目的をもらったから、彼女はあのつらい時代を生き延びられたのだという思いに至りました」

 大きな苦痛を抱え込んだ人間も、生きてさえいれば、何かがきっかけで、その痛みから解放されるときがくる。映画「祈り-幻に長崎を想う刻-」で、忍が復讐の相手と対峙した後に、人として次の次元に行けたのではないかと彼女は考えている。

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