■苦しむ姿を僕の記憶に
ちょっとした親心もありますし、中田さんをオーディションで選ぶ際に僕の意見も採り入れていただいたこともあって、一緒にいられる時は現場で見ているようにしていました。役者がお芝居をすることの壁にぶつかり、ちゃんと苦しんでいる姿を僕は見ていたい。殻を打ち破るか、その壁をぶち抜くかは自分次第なので、そこまでずっと見てあげられるかはわからないけれど、一緒に取り組んだ作品に出ている間は、足掻いているところを僕が記憶に焼きつけておかなければ、という気持ちがあるんです。
クランクアップの時期が近づくと、中田さんは「悔しい」という感情や「監督の思いにもっと応えられたかもしれない」という後悔がすごく顔に出ていて、それってすごくいいことだなと思って見ていましたね。
――芝居に向き合う姿勢に変化が生まれたのは、コロナ禍で映画の撮影スケジュールが前後したことも大きかった。「マイ・ダディ」の撮影前、荻上直子監督の「川っぺりムコリッタ」(11月3日公開予定)の現場に臨み、大切にしてきた価値観を見事にひっくり返された。
荻上さんに「もう、ムロツヨシはいらない」って言われたんです。「じゃあ、なんで呼んだ?」って言いたくなるくらい、はっきり言われました(笑)。「違う」「いらない」と、20代の役者が言われるようなことを言われて、人生にまた“天敵”が現れたな、と(笑)。スタッフや現場、共演者のことを考えたりするのはここでは必要ないから、「自分の役、自分のことだけを考えてください」と言われたのですが、確かに僕はそんなことをしたことがなかった。本気で怒ってもくれましたし、悔しいけれど、出会えて良かったと思っています。荻上さんに出会う前に「マイ・ダディ」の撮影に臨んでいたら、もう少しこれまでのムロツヨシでいようという意識が働いていたかもしれません。こうした順番も何かの縁なのかな。「これまでとは演技に対する考えが少し変わったので、違うようでしたら言ってください」とは、「マイ・ダディ」の金井純一監督に伝えていました。