「救急車を呼ぶ人のうち、高齢者の割合が年々、増えていることがわかりました。普段は元気でも、高齢者はいったん体調を崩すとがたがたっと悪くなります。家族がいればサポートしてもらえますが、一人暮らしの方は救急車を呼ぶしかありません。こうした患者さんの救急相談を受けたり、訪問して診療をしたりするサービスができないか、と考えたのです」
これだ、と思うと気持ちが燃える。ダンスに取り組んだときのように。サービスが本当に実現できるのか、そのためにはどんな法律をクリアすればいいのか、仕事が終わった後、リサーチを続けた。
「調べていくうちに、小規模であれば意外にやれそうだな、と。困っている人の助けになるのか、実際にやってみようとダイビング仲間で医師の名倉義人に声をかけました。2人体制で、病院での勤務が終わった後の夜8時ごろから翌朝まで、東京23区を対象に往診をスタートしました」
19病院に断られた日から、わずか2年余りのことだ。最初はたまに携帯に電話がかかってくる程度。それでも訪問先で患者に感謝されることが、ただうれしかった。利用者の大半は高齢者で、想像していた通りだった。
よりよい医療を提供するには デジタル化が欠かせない
「このサービスは必要とされている」と確信を強めていった菊池医師。2人体制はアルバイトの医師が見つかるまで、1年ほど続いた。
「眠る時間はなくても、つらいと思ったことはほとんどありません。お金のためというよりかは、ライフワークという感覚でやっていました。わずかな収益はポータブルレントゲンの購入など、設備投資に使いました」
その後、利用者は右肩上がりに増え続け、菊池医師自身もこちらを「本業」とする流れとなった。2021年7月現在、対象地域は関東から東海、関西、九州と全国に広がっている。菊池医師によれば、「会社を大きくしたいとやってきたのではなく、その都度、患者さんのために、よりよい医療を提供するために、課題解決をしてきた結果」という。
「医師はどんな働き方をするにせよ、『わき目もふらず、患者さんのために』というマインドが根底になければなりません。当たり前のようですが、大事なことです。受験生の皆さんにも、この部分の意識を高めながら、まずはひたむきに勉強に取り組んでほしい」
課題解決の最たるものが、業務のデジタル化だ。IT専門スタッフによって電話やメール、LINEなどすべての問い合わせは一元化され、患者と往診する医師とのマッチングも機械がおこなう。住所を含む患者情報の一部は医師の手元の端末に送られ、そのままカルテとなる。支払いはカード決済で、事務作業の手間も最小限だ。業務の効率化が進むことで、医師は「患者を診る」という本来の仕事に注力できる。まさにこれこそが、「医師働き方改革」だろう。
そして今日も明日も、「患者のために何ができるか」を第一に、菊池医師の挑戦は続いていく。
菊池 亮 きくち・りょう
1986年静岡県生まれ。2010年帝京大学医学部卒業。帝京大学医学部附属病院、関連病院で整形外科に従事後、16年にファストドクターを創業し代表取締役に就任。帝京大学医学部救急医学講座を兼務。
(狩生聖子)
※週刊朝日MOOK「医学部に入る2022」より抜粋