「どこから先が執着になるのですか」
「いや、気持ち自体はいくら強くてもいいのです。同時に、いつでも死ねるぞという気持ちも持つのです。つまり絶対に生き抜くと思う心の中に、いつでも死ねるという気持ちを同居させるのです」
比較的若い女性から手があがりました。
「いつでも死ねるなんて、私には思えません。少しでも死のことを考えると、残される子どもたちのことが思い浮かんで、涙が出てきてしまうのです。いつでも死ねるなんて到底考えられません」
「無理に死のことを考えるのはやめてください。かえってストレスになります。でもそのままでは前に進めません。少し間をおいて、どうしたらそういう気持ちになれるか、そのために、今何をすべきかを考えてみてください。そうですよ。いつでも死ねるなんて、そう簡単に思えませんよ。私だって、まだまだです」
サイモントン博士の最初の印象は「歯切れの悪い人」でした。話が地味で景気のいい話など一切でてきません。目には、いつも悲しさのようなものを漂わせています。だからこそ私は彼を信頼しました。現場で苦労を重ねている人は歯切れが悪いものなのです。
彼は英語圏でたった一人の私の親友でした。
帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中
※週刊朝日 2021年10月8日号