老女の言葉を聞いて、杏寿郎はハッとする。煉獄杏寿郎が「炎柱」ではなく、ただの1人の人間として、心が動いた瞬間だった。父に思いをはせた、素の「煉獄杏寿郎」の顔だった。
■杏寿郎の果たせぬ約束
自分の姿と父とを重ねた弁当屋の老女に、杏寿郎は「それはきっと俺の父でしょう」とほほ笑みながら言った。もう、いつもの「炎柱」の表情に戻っていた。そして、老女とその孫に約束した。
「あなた方のことは 父に必ず伝えます 喜ぶことでしょう ではお元気で また会いましょう」(煉獄杏寿郎/アニメ2期・第1話「炎柱 煉獄杏寿郎」)
結局、この約束は果たせぬままになる。しかし、父が救ったその命を、息子である煉獄杏寿郎は再び助けた。「炎柱」として、そして立派な父の息子として、父と同じ技で、父と同じ仕草で、父がかつて大切にしてきたものを、彼は守り抜いたのだった。
◎植朗子(うえ・あきこ)
1977年生まれ。現在、神戸大学国際文化学研究推進センター研究員。専門は伝承文学、神話学、比較民俗学。著書に『「ドイツ伝説集」のコスモロジー ―配列・エレメント・モティーフ―』、共著に『「神話」を近現代に問う』、『はじまりが見える世界の神話』がある。