白井晃さん(撮影/二石友希)
白井晃さん(撮影/二石友希)

 現在64歳。一つのことを長く続けることで得られたものについて聞くと、「それは、経験値ということに尽きますね。経験値は、自分が失敗を重ねながら獲得したもの。私にとっての大きな財産です。ただ、年をとるということは、肉体的にはなんらいいことはないですね(笑)。目も耳も足腰も衰えて、不自由なことこの上ない。つい、今の経験値を持って20歳ぐらい若くなったら、もっと先を読めたりするんだろうかなんて考えてしまう」

 でも、人間的には視野が広がり、物事を受け止めるキャパシティーが増え、人に対する目線が優しくなった。

「そんな、数値化できない豊かさのようなものは、自覚できるようになりました。以前は、演劇を作るときも、まずは自分のやりたいことありきだったのが、KAATの芸術監督をやらせていただいてからは、演劇全般のことに思いを馳せるようになった。例えば、コロナ禍で、演劇が上演できない状況になると、若いスタッフが育たない。もっと若い人たちが、演劇に従事したいと思えるような作品を作っていかなければ、などと利他的な考えが生まれてきたんです。経験値は還元していくべきだと思うし、なるべく若いスタッフに自分の経験を伝えていきたい。自分だけのことより、演劇全般のことを思えるようになったことは、一人の人間として有益な出来事だったと思っています」

 先日大阪公演を終えたばかりのミュージカル「ジャック・ザ・リッパー」の公演パンフレットに、白井さんは、なぜ演劇人が、コロナ禍でも作品を上演することをやめないか、その理由について書いていた。「(上演をやめることは)『自分の存在を辞める』ことになると考えているからです」という一文。それが心に残ったと伝えると、「青臭いことを書いてしまいました」と言って照れ臭そうに笑った。(菊地陽子 構成/長沢明)

白井晃(しらい・あきら)/1957年生まれ。大阪府出身。早稲田大学卒業後、1983~2002年「遊◎機械/全自動シアター」主宰。14年KAAT神奈川芸術劇場のアーティスティック・スーパーバイザー、16年芸術監督に就任。21年3月に退任後も、旺盛な創作活動を続ける。11月、KAAT神奈川芸術劇場で「アルトゥロ・ウイの興隆」、来年1月、世田谷パブリックシアターで「マーキュリー・ファー」が上演予定。

週刊朝日  2021年10月22日号より抜粋

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