佳子さまは、「本音」を明かすのが上手だ。批判するというより、前向きに伝える。姉の結婚を応援する気持ちもはっきり表明していた。そこから、佳子さまの「皇室を出たい」という気持ちを勝手に読み取っていた。眞子さんと共有する気持ちだろう、と。姉の結婚を通し、佳子さまは「公と私」の問題を考えに考えたはずだ。これから佳子さまは、どうするのだろう。

26日朝、秋篠宮邸を出発するにあたって、妹の佳子さまと抱き合う小室眞子さん(c)朝日新聞社
26日朝、秋篠宮邸を出発するにあたって、妹の佳子さまと抱き合う小室眞子さん(c)朝日新聞社

■女性宮家と佳子さま

 皇室には「人手不足」問題もある。眞子さんの結婚で、皇室の構成員は17人になった。30歳未満は、佳子さまと愛子さま悠仁さまの3人だけ。だから、女性皇族が結婚後も皇室に残る「女性宮家」が議論されている。

 実現すれば、佳子さまが第1号となるのが自然な流れだろう。それを佳子さまが望むのか、気がかりでならない。「女性宮家」が実現しても、女性皇族という存在の曖昧(あいまい)さは解消されそうにないから、余計にそう思う。そもそも女性皇族は、「天皇及び皇族以外の者と婚姻したときは、皇族の身分を離れる」(皇室典範12条)としか定められていない。男系男子が継承する皇室で何をする存在なのか。

 眞子さんは会見で、「皇族としての仕事を、自分なりにできる限り大切に果たそうと努めてまいりました」と語った。そう、眞子さんは公務に勤しむ女性皇族だった。初の単独公務は学習院女子高等科2年生の2008年。15年、英国のレスター大学大学院を修了すると、すぐに日本テニス協会名誉総裁に就任。同年12月にエルサルバドルとホンジュラスを訪問、以後中南米を6カ国、ブータンと合わせ計7カ国を公式訪問している。

■公務邁進型の皇族像

 この「成人前から開始」「学業終了後に本格化」という公務邁進(まいしん)型女性皇族像は、天皇陛下の妹、黒田清子さんが築いた。清子さんは学習院女子高等科の3年間、両親(上皇陛下と美智子さま)と全国高校総体に臨席、学習院大学1年で初の単独公務、卒業3年後のブラジルを皮切りに、36歳で結婚するまで14カ国を公式訪問した。

 04年、35歳の誕生日にあたって清子さんは、「公務は常に私事に先んじるという陛下のご姿勢は、私が幼い頃から決して崩れることのないものでした」と文書で述べている。「私より公」が清子さんの規律だ。ただ、こうも述べている。「内親王という立場は、先行きを考えるとき、将来的にその立場を離れる可能性がどうしても念頭にあるため、(略)継続的な責任ある立場に就いたりすることは控えてきたということはあるかもしれません」(02年、33歳の誕生日の文書回答)

次のページ