
一冊の本を手にすれば、日常とはかけ離れた別世界が広がっている。そんな非日常に連れていってくれる小説で、お薦めのタイトルは何か。『リトル・バイ・リトル』『ナラタージュ』などで知られる小説家・島本理生さんに聞いた。2022年11月14日号の記事を紹介する。
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「非日常」ということでお薦めしたいのが、角田光代さんが現代語に訳した『源氏物語 上・中・下』です。平安時代に紫式部が創作した『源氏物語』に一度は挑戦して挫折したという方にこそ読んでもらいたいです。私自身も源氏物語は女性の扱いが理不尽に感じられて得意ではなかったのですが、角田さんの訳は性別を超えて人の弱さや情けに対しての懐が深く、あたたかさを感じるんです。人の心の機微は何百年経っても変わらないことを実感します。文体も読みやすいので、源氏物語の世界に入っていきやすく没頭できると思います。
非日常といえばSFも思い浮かびます。短編集『あなたの人生の物語』は、どの作品にも自分の価値観がひっくり返るような発想力と完成度の高さがあります。私はキリスト教に関心があって自分の作品でも書いてきているのですが、本書の中の「地獄とは神の不在なり」という作品には驚きました。短編で「神の理不尽」をこれほどうまくストーリーとして体現ができるのか──と。
■自由で壮大な想像力
『雷の季節の終わりに』は、村を舞台にしたホラー小説だと思っていたら壮大なファンタジーの世界が広がり、一気読みをしてしまいました。人の想像力ってこんなに自由で壮大なんだ、と作家としても感動しました。ゾッとするようなところもあり、でも怖さだけではなくて予想もしないような別世界に誘ってくれます。
別世界という意味では『長いお別れ』もいいですね。ミステリーとしても優れていますし、主人公の私立探偵マーロウがかっこいい。勇敢で権威に対して屈せず、友情に厚く、色気もある。今はこういう男性の主人公像が多数派ではなくなったからこそ、余計に魅力的に感じるんだと思います。男性同士の友情と裏切りというテーマは、なかなか女性には書けない世界なので憧れます。