AERA2022年11月14日号より
AERA2022年11月14日号より

 僕は、10年ほど前にお酒をやめ、飲み会や会食には一切出なくなりました。いわゆる論壇の陰湿な人間関係から距離を置きたかったからです。そのせいか、コロナ禍の「新しい生活様式」も個人的にはそれほど苦ではありませんでした。それどころか、最初の緊急事態宣言が出た頃、ゴーストタウン化した東京の街をランニングするのをとても心地よく感じていました。誰もいない東京は、美しかったです。

 ですが、今の社会は、そういう感情を許さないものになっているように思います。でも、台風がきて、雨戸をしっかり閉めながらも、同時に何かワクワクしている人がたくさんいるように、相反する気持ちが共存することは当たり前のことです。坂口安吾の『戦争と一人の女』『続・戦争と一人の女』に空襲で空が焼ける光景に美しさを感じる女性が登場します。人間はそういう矛盾をはらんで生きているのだけれど、日常的に言葉がひとり歩きしている時代に生きていると、それを忘れそうになってしまう。しかし、そこは大事にしたいと思っています。

 そんな中、友人の薦めで読んだのは『一四一七年、その一冊がすべてを変えた』。ハーバード大学教授のスティーヴン・グリーンブラットが、1千年以上前に山奥の修道院に封印されていた禁書がルネサンスの引き金になったということを物語的にまとめた本です。気が遠くなるような時間を超えて、一冊の本が時代を変える原動力になった。現代に生きる書き手のひとりとして、とても勇気づけられる本で、以来そばに置いています。

(構成/編集部・古田真梨子)

■いつもそばに置いて

オールタイムベストのひとつ
『知恵の七柱』/T.E.ロレンス/東洋文庫

冷徹な文体から無常観を得る
『百億の昼と千億の夜』/光瀬龍/ハヤカワ文庫

『吉本隆明詩集』/吉本隆明/思潮社

『戦争と一人の女』/坂口安吾/青空文庫

『一四一七年、その一冊がすべてを変えた』/スティーヴン・グリーンブラット/柏書房

AERA 2022年11月14日号

【お詫びと訂正】

本記事中に以下の誤りがありました。

誤)坂口安吾の『戦争と一人の女』に空襲で空が焼ける光景に美しさを感じる女性が登場します。

正)坂口安吾の『戦争と一人の女』『続・戦争と一人の女』に空襲で空が焼ける光景に美しさを感じる女性が登場します。

取材および原稿校正の段階で宇野常寛さんご本人からご指摘があったものを、編集部で反映できておりませんでした。訂正してお詫びいたします。

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