昨季までなら、安定していないジャンプは試合で入れないというのが、父である正和コーチの信念。しかし五輪までの試合数を考えるとゆっくりしていられない。鍵山自身の決意もあって、フリーでは4回転ループを含めた「3種類4本」に挑んだが、4回転ループだけでなく他のジャンプにもミスが連鎖するという結果に終わった。こうして鍵山親子らしからぬ戦略で結果を出せないまま、GP初戦のイタリア大会を迎えた。
「昨季の(世界選手権)銀メダリストということは考えず、一からの挑戦者という立場で1番を狙います」
そう話していた鍵山だったが、ショートは冒頭から表情が硬かった。「笑顔」がテーマのプログラムだが、昨季のようなスケートを楽しむ様子が見えない。冒頭の4回転サルコーでは、大きくバランスを崩した。
「6分間練習でちょっと4回転サルコーをミスしたことで、『また本番でミスしたらどうしよう』と思ってしまい、頭がパニックになって対処できませんでした」
■技術的より気持ち的
昨季であれば、一つミスがあっても、次のジャンプは再び挑む心に戻っていた。しかしタイトルを背負った今季、口では「挑戦者」という言葉を発していたが、見えない重圧がのしかかっていた。続く4回転トーループは、3回転になったうえに連続ジャンプにつなげられず、基礎点9・5点も失う痛恨のミスだった。
「サルコーをミスした後で『4回転トーループは絶対に決めなきゃ』と強く思いすぎて焦りが出てしまいました。自信があるジャンプで失敗してしまうのは技術的なことではなく気持ち的なことです」
得点を待つ間、うつむいて固まっていた鍵山。父に膝を叩かれて顔をあげると、得点を見つめ、そして無表情でうなずいた。自己ベストより20点以上も低く、しかも7位という予想外の結果だった。演技後、「今思えば……」と自分の内面を振り返る。
「昨季はシニア1年目で何も考えることはなかったんです。今年は100点や自己ベストを更新しなきゃいけないと思い、攻める気持ちが悪い方向に出てしまいました。行こう行こうとあわててしまう気持ちを抑えることができませんでした」
(ライター・野口美恵)
※AERA 2021年11月22日号より抜粋