ISUグランプリシリーズのイタリア大会でショート7位から大逆転で優勝をもぎとった鍵山優真選手。ショートプログラムを終えた翌日、落ち込んだ鍵山を救ったのはコーチでもある父の言葉だったという。AERA 2021年11月22日号では、鍵山選手がイタリア大会で逆境に挑む力を得た経緯を振り返った。
【写真】今回の最大の収穫を得たという鍵山優真のショートの演技
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イタリア大会のショートプログラムから一夜明けたフリー。朝の公式練習ではまだ何かを吹っ切れずにいた。
「不安がどこかにこびりついていて。これまでの試合すべてを通してもショートがこんなにボロボロだったことがなくて、どうやって立ち直ればいいんだろうと思っていました」
5歳の時から二人三脚でやってきた父は、練習を見れば、息子の心の状態さえ見通せる。父の方からこう声をかけた。
「立場とか成績とか全部関係ないからね。ただひたすら練習してきたことを頑張るだけだよ」
その言葉を聞いて、急に気持ちが楽になった。
「今日は4回転ループを外して、できることを一つ一つやって、良い演技をしよう」
そして運命のフリーを迎える。曲は「グラディエーター」。もともとGP3戦目は中国開催の予定だったが、コロナ拡大の影響でイタリア・トリノに変更された。奇しくも、古代ローマ帝国で戦った剣闘士のストーリーを、その地で演じるのだ。奇跡を起こすための舞台は、そこにあった。
演技を始める前、両頬と胸を叩いて気合を入れる。客席には日の丸が揺れ、試合が終わったばかりの三原舞依と宮原知子の姿があった。コクンとうなずいてスタートのポーズを取る。
「頑張りますという意味でうなずきました」
フリーは、鍵山らしいフワッと浮くような4回転サルコーと、流れのある4回転トーループ2本を軽やかに決める。最後のトリプルアクセルを降りると、思わず笑みが漏れた。
「今季は一度も良い演技をしていなかったので、ジャンプが一つ一つ久しぶりに決まっていくたびに『跳べるぞ、跳べるぞ』と気合が湧いてきて、最後はもう嬉しくて、思わず笑みがこぼれてしまいました」