(c)たらちねジョン(秋田書店)2021
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◆さみしさと幸せ両方抱えて豊か

 生きていれば、誰もがいつかは、大事な人を失う経験をするだろう。どうすれば、たらちねさんや母、そしてうみ子のように、誰かの死を乗り越えられるのか。

 たらちねさんは、「人の死は乗り越えるようなものじゃない」と答えた。

「乗り越えるって、なんかすっきりしちゃうイメージがあるんです。本当は、その人が亡くなったことで生まれるさみしさも、幸せもある。たとえば私は、父に仕事のことを相談したかったって思う時もあるけど、教育者の父がいたら漫画家になることは許してもらえなかったと思う。さみしさと幸せは相反するものではなくて、両方抱えているから豊かな感情になれるのかな、と」

 母にはよく、「無駄なことなんてないよ」と言い聞かせられた。その影響か、たらちねさんは父の死を「一つの事実として、自分の人生に存在している」と表現する。

「無理に忘れようとも思い出そうともしない。亡くなってしまったら、もうしょうがないんです。人生、今あるパーツで組んでいくしかないから、それを精いっぱい楽しもうという気持ちです」

 一方で、20代半ばまでは、父のことを話すと、悲しくなくてもなぜか涙がこぼれたという。そんな時は、「父を思い出す時間」として我慢せず泣くようにしてきた。

「誰かを失って、みんながみんなうみ子のように夢を追いかけたり前を向いたりする必要はない。自分の心に素直になって、喪失感に浸りたい時は浸るのもいい。でも、もし『やってみたい』と思うことが見つかった時は、ぜひ挑戦してほしいなって思います」

 ネット上には、作品に心を震わせた人の声が無数に寄せられている。

「いつからでも走り出せるような勇気をもらえる」「私の心の支えになってくれそう」

 大切な人の死によって生まれた一冊の漫画が、多くの人の生を優しく照らす。(本誌・大谷百合絵)

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週刊朝日  2021年11月26日号

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大谷百合絵

大谷百合絵

1995年、東京都生まれ。国際基督教大学教養学部卒業。朝日新聞水戸総局で記者のキャリアをスタートした後、「週刊朝日」や「AERA dot.」編集部へ。“雑食系”記者として、身のまわりの「なぜ?」を追いかける。AERA dot.ポッドキャストのMC担当。

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