中山道上に敷設された板橋線を走る18系統巣鴨車庫前行きと終点の志村橋に向かう41系統の都電。背景の「豊島のやっちゃ場」からは市場の活気が漂ってくる。巣鴨四丁目~巣鴨車庫前 (撮影/諸河久:1965年3月2日)
中山道上に敷設された板橋線を走る18系統巣鴨車庫前行きと終点の志村橋に向かう41系統の都電。背景の「豊島のやっちゃ場」からは市場の活気が漂ってくる。巣鴨四丁目~巣鴨車庫前 (撮影/諸河久:1965年3月2日)

 写真は豊島市場に出入りする貨物自動車で輻輳する中山道を上る18系統巣鴨車庫前行きの都電。画面左奥には41系統志村橋行きの都電も写っている。画面右の軌道敷内を偉そうに走るアメ車は「クライスラー プリムス フューリー(二代目)」で、ボンネットスタイルのトヨタ清掃トラックやダイハツCM8型三輪トラックなどの活躍も見える。

 余談になるが空中の架線に注目されたい。都電の架線は直接吊架する単線架空式と呼ばれているものが通常だが、巣鴨車庫前から先の板橋線、志村線はシンプルカテナリ-式と呼ばれる吊架方式が採用され、郊外電車の架線と錯覚するような雰囲気を醸し出していた。

■撮影:1965年3月2日

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諸河久

諸河久

諸河 久(もろかわ・ひさし)/1947年生まれ。東京都出身。カメラマン。日本大学経済学部、東京写真専門学院(現・東京ビジュアルアーツ)卒業。鉄道雑誌のスタッフを経てフリーカメラマンに。「諸河 久フォト・オフィス」を主宰。公益社団法人「日本写真家協会」会員、「桜門鉄遊会」代表幹事。著書に「オリエント・エクスプレス」(保育社)、「都電の消えた街」(大正出版)「モノクロームの東京都電」(イカロス出版)など。「AERA dot.」での連載のなかから筆者が厳選して1冊にまとめた書籍路面電車がみつめた50年 写真で振り返る東京風情(天夢人)が絶賛発売中。

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