そんな堕姫の悲痛な叫びは、貧困にあえぎ、腹をすかせ、病気に苦しみ、若さも命も手のひらからこぼれ落ちるままの「不幸せ」のただなかで、彼女が生きてきたことを表している。失ってばかりの人生……そこには彼女を人間から「鬼」に変えた”絶望”がある。
美貌に恵まれながらも「不幸せ」に終わった人間時代の自分。鬼として生きることを決めた後も、人間に擬態して「華やかな生」を甘受する自分。堕姫の中には、複雑に入り組んだ「自分」が存在している。そのはざまで運命に絶望し、もがいている姿が堕姫の言葉からはにじみ出ている。
物語が進むにつれて、この堕姫だけではない、登場人物たちの不幸な半生も語られる。堕姫やそれらの人物から発せられる“いら立ち”の言葉は、遊郭という世界で生きることの「現実」を突き付ける。
畢竟、『鬼滅の刃』で描かれているのは、決して美化されることのない遊郭の姿なのである。
◎植朗子(うえ・あきこ)
1977年生まれ。現在、神戸大学国際文化学研究推進センター研究員。専門は伝承文学、神話学、比較民俗学。著書に『「ドイツ伝説集」のコスモロジー ―配列・エレメント・モティーフ―』、共著に『「神話」を近現代に問う』、『はじまりが見える世界の神話』がある。AERAdot.の連載をまとめた「鬼滅夜話」(扶桑社)が11月19日に発売されると即重版となり、絶賛発売中。