上弦の鬼が表の世界で「仕事を持つ」のは異様なことのように思える。しかも堕姫は強い不快感といら立ちに耐えながら、遊郭で生きているようにしか見えない。
彼女が働く「京極屋」の主人が「どうか俺の顔を立ててくれ…」と土下座すると、堕姫はいったん怒りをしずめ、花魁らしい美しい表情に戻っている。強い鬼でありながら、人として煩わしい「仕事」にとらわれる。これが堕姫の毎日の生活なのだ。
■誰が堕姫を遊女として「働かせて」いるのか?
そんなある日、鬼を統べる鬼舞辻無惨(きぶつじ・むざん)が、堕姫のもとを訪れてこう言っている。
<私はお前に期待しているんだ><これからも もっともっと強くなる 残酷になる 特別な鬼だ>(鬼舞辻無惨/9巻・第74話「堕姫」)
無惨は鬼殺隊の戦闘の要である「柱」たちを遊郭におびき寄せ、殺害することを堕姫に命じていた。つまり無惨は彼女の美貌を「遊女としての仕事」に生かすように仕向けていたのだ。無惨の姿を見ただけで頬を赤らめる堕姫。そんな堕姫に無惨は「調子はどうだ?」「良いことだ」と優しくねぎらう。堕姫といる時の無惨は、他の鬼に対するようないつもの高圧的な態度はとらない。無惨は堕姫の顔を両手で包み込み、「お前は誰よりも美しい」と言葉をかけ、まるで悪魔が「人」を堕落させるように、彼女を誘惑する。堕姫は美貌を使って人間の男を「遊女」として利用する。その一方で、彼女がいら立ちを抱えながら客の相手をするのも、鬼殺隊との戦闘を重ねるのも、無惨への心酔ゆえなのだ。結局、堕姫には自由がない。無惨のために、客のために、そして自分が自分であり続けるために、遊女としての勤めを果たしている。誰も堕姫に「遊女」以外の生きる道を示してやろうとはしない。教えてやることもできない。
■鬼が“遊郭”で「生きる」理由
遊女の仕事は、男にその身を差し出すこと。堕姫の日々には「癪に障る」という言葉だけでは言い表せないほどの不満が蓄積されていただろう。堕姫を遊女として働かせているのは無惨なのだが、堕姫の日々のストレスは、他の遊女たちや、「京極屋」の女将、か弱き者たちへとぶつけられる。
堕姫は人間だった頃、遊郭の最下層の貧困区域で生まれた。人間の時も、鬼になってからも、彼女の眼前に広がる世界は、人が金で売買される「遊郭」だったのだ。
<鬼は老いない 食うために金も必要ない 病気にならない 死なない 何も失わない>(堕姫/10巻・第81話「重なる記憶」)