轡田さんは、ほんとうに「はるかだのう」と遠い世界に行ってしまって、この挨拶をする相手がいなくなった。
庄内地方でも浜言葉なのだそうだが「はるかだのう」と聞くと、海鳴りがどこからか聞こえてくるようである。
私自身は転勤族だった父のせいで、中学・高校を大阪で過ごしたから、大阪弁はぺらぺらだ。父は東京の人だから、家に帰ると東京弁いわば標準語を使わされたが、学校では気取っていると思われるので、早々に大阪弁をおぼえた。
方言のなかで、当たり前に使われるのが大阪弁。吉本をはじめとするお笑いさんたちの功績だが、もっとさまざまな美しい方言が市民権を得ていい。スマホの時代になって、ますます消えていくのがなんとも淋しい。
ウクライナだ、コロナだと世の中はかまびすしい。軍備増強についても平然と会話にのぼるようになった。そんな今、この言葉を贈りたい。「おしずかに」!
下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。この連載に加筆した『死は最後で最大のときめき』(朝日新書)が発売中
※週刊朝日 2023年2月3日号