理由はいくつか考えられる。ロシア領だと宣言することで、ウクライナからの攻撃をためらわせる意図もあっただろう。プーチン氏は9月21日の演説で「我々の領土が脅かされればあらゆる手段をとる。これは脅しではない」と宣言し、核の使用も辞さない考えを表明した。部分動員という国民に不人気な手段をとる代償として、「ロシアは新しい領土を獲得した」と戦果をアピールする考えもあったかもしれない。「ロシア領」となった地域の住民を動員して、ウクライナ軍と戦わせる戦力にする狙いも考えられる。

 しかし、実態を伴わない「編入宣言」は、プーチン氏の発言の信憑性、ひいては権威を損ないかねない諸刃の剣だ。

 9月30日、プーチン氏は4州の自称「首長」らとロシアへの編入で合意する「条約」に署名した。関連法案も10月5日に成立させた。今や4州の名前は、連邦構成主体を列挙するロシア憲法65条に新たに書き加えられた。

 クリミア半島を巡って8年前に起きたことと同じ段取りだ。当時、モスクワで取材していた筆者は、ロシア憲法に自国領土としてクリミアが書き込まれたことの重みをかみしめたものだ。

「クリミアは実態としてロシア領土となってしまった。この現実をひっくり返すことは当面不可能ではないか」と。

 しかし、今回はまったく逆だ。「実効支配もしていない土地を自国領として書き込むとは、ロシア憲法の権威も落ちたものだ」というのが筆者の率直な感想だ。

 ペスコフ大統領報道官は編入を宣言したヘルソン州とザポリージャ州のうち、現時点でウクライナが支配している地域はロシア領かと問われ、「その質問には今は答えることはできない」と述べた。具体的な境界は今後、住民の意思を踏まえて決めるという。核を使ってでも守るというのに、こんないい加減な話があるだろうか。(朝日新聞論説委員・駒木明義)

AERA 2022年10月24日号より抜粋

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