大統領や国防相は嘘をつくつもりではなかったのかもしれない。適格性を欠く者をいくらかき集めたところで、戦力にはならないのだから。
■社会の雰囲気が一変、プーチン氏の支持率は下落
なぜ、こうした混乱が起きたのか。
それは、今のロシアの行政組織には、条件に合致する人材を集めるという基本的作業を行う能力が欠如しているからだ。招集の人数や対象者の条件を決めるのは国防省だが、人を集める実務を担うのは日本の都道府県に相当する連邦構成主体の知事たちだ。だが、彼らの手元には、大統領がいう「特別な技能や経験がある者」のリストなど存在しない。モスクワからは知事ごとに招集人数と期限だけが示されたようだ。
知事たちにとって、モスクワからの指示は絶対だ。彼らは形の上では住民の選挙で選ばれるが、与党からどの地方に誰が立候補するかは、モスクワが決める。プーチン氏のめがねにかなわなければ、任期途中でも容赦なく交代させられる。逆に、高い評価を受ければ、中央での昇進の可能性も開ける。
平時の知事たちが気にしているのは、選挙の成績だ。特に、大統領選での投票率とプーチン氏の得票率を上げることに躍起になっている。有権者よりもモスクワの顔色をうかがうことが習い性となっている知事たちが動員の割り当てを受けたのだから、頭の中は人数を揃えることで一杯になったのだろう。
早期にノルマを実現する現実的な手法は、割り当てよりもずっと多い召集令状をばらまくしかない。これが大混乱の原因となった。
社会の雰囲気は一変した。それは、プーチン大統領が気にかける支持率にも表れている。
独立系レバダ・センターが動員決定直後に行った世論調査では、プーチン氏の支持率は77%。ウクライナ侵攻開始後一貫して8割を超えていた支持率が、はじめて下落に転じた。
一見、77%は非常に高い数字に映る。しかし、ロシアのような強権的な国家、しかも戦時という社会の緊張が高まっているときに、「大統領を支持する」という模範解答を拒む人たちが増えたという事実は、重い意味を持つ。