桜井:刑務所の炊場がどうとか、工場がどうとか。

金:揚げ句の果てには弁当を包むのにてこずる菅家さんに、「刑務所にいた時間が短かったからダメなんだよ」って(笑)。一緒に笑っていいのかわからないそんなトークが、すごく面白かったんですよね。僕がイメージしている冤罪被害者と全く違って「ポップ」だった。桜井さんはムードメーカーでしたね。のちの作品「獄友」(18年公開)の方向性も、あの会から生まれています。

桜井:こっちも「獄友」であれだけ撮ってもらったから、もう十分だと思っていたね。

金:ところが19年に、桜井さんががんの告知を受けた。ステージ4の直腸がん。「あ、桜井さん死んじゃう」と思い、それで「もう一度、桜井さんを撮ろう」と。

桜井:オレの肌ツヤが以前よりもいいから拍子抜けしてたよね(笑)。

金:ええ。前より痩せてはいても、むしろ輝いていた。「これが桜井さんの生きる姿勢なんだ」と、一気に僕の中でつながりました。冤罪だけではない、もう一つの話が描けると思ったんです。

桜井:なるほどね。

■意図的に冤罪を作りたい人なんていない

金:「この人、ひょっとしたら、がんも本当に消してしまうんじゃないか」と撮りながら感じました。その最中に国家賠償請求訴訟にも勝訴した。桜井さんの人生は極端ですが、その姿から発せられるメッセージは僕ら一人ひとりにとても近い。幸せそうで、うそ偽りがないからです。

金聖雄監督
金聖雄監督

桜井:「幸せそう」じゃない。本当に幸せなんですよ。たとえがんが治っても15年後には寿命が来るでしょ。3年後にがんで逝ってもその差はたったの12年。大したことない。やましさなく自分の意思で一日を生きられることのすがすがしさを身をもって知りましたから、うそはつきません。だからこそ冤罪という、「偽証で人を裁くこと」は許さないと言い続けます。

金:冤罪を意図的に作りたい人なんて誰もいませんよね。それでも冤罪は生まれ続けます。

桜井:冤罪は組織の問題なんです。警察も検察も、真面目に職務をこなす過程で生じているわけですから。上からの指示や組織の論理で結果的に冤罪が生まれてしまう。だから、「自白の強要や偽証も犯罪」という法律を作ればいい。まずは、「再審法(刑事訴訟法の再審規定)を変えよう」。これが直近の課題です。

金:再審法改正については、日弁連(日本弁護士連合会)も動いてますね。桜井さんが呼びかけ人となって19年に発足した「冤罪犠牲者の会」の働きかけも大きいです。

桜井:「再審審査会」を作り、そこに我々の会を入れることを求めています。裁判所や検察庁による現行の審議会では、「冤罪を作る側」の検証が困難なのは当たり前。ずっとこのままでいいんですか?と問えば、おのずと答えは見えてくる。戦後77年経った今、改正の機は十分に熟しているんです。

(構成・大場葉子)

【布川事件】 1967年8月、茨城県利根町布川で大工の男性(当時62)が殺され、現金が奪われた事件。桜井さんと杉山卓男さん(2015年死去)が強盗殺人罪などで無期懲役が確定し、11年の再審で無罪となった。国と県に損害賠償を求めた東京高裁判決は、警察と検察の取り調べについて違法性を認定。約7400万円の支払いを命じた。昨年9月に確定。

■桜井昌司(さくらい・しょうじ)

1947年栃木県生まれ。布川事件の容疑者として逮捕され、78年に無期懲役確定。29年間を獄中で過ごし、96年仮釈放。2001年第二次再審請求申し立て。05年地裁による再審開始決定。09年特別抗告棄却で最高裁による再審開始確定。11年無罪判決。服役中から詩作と作曲に取り組む。著書に『俺の上には空がある広い空が』(マガジンハウス)。

■金聖雄(きむ・そんうん)

1963年大阪府生まれ。Kimoon Film代表。93年に演出家として活動開始。初のドキュメンタリー監督作に「花はんめ」(2004年)。以降、「空想劇場」(12年)、「SAYAMA みえない手錠をはずすまで」(13年、毎日映画ドキュメンタリー映画賞受賞)、「袴田巌 夢の間の世の中」(15年)、「獄友」(18年)、「オレの記念日」(22年)。https://kimoon.net/

映画のパンフレット
映画のパンフレット

 Kimoon Film

■「オレの記念日」は、10月8日(土)~東京・ポレポレ東中野、21日(金)~京都・京都シネマ、22日(土)~大阪・第七藝術劇場、兵庫・元町映画館で公開。そのほか、静岡、神奈川、長野、愛知、三重、福岡などで上映予定。

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