人種を超えたボーダーレスな存在でありたい――。
そう願い活動するのは、バングラデシュにルーツを持つモデルのシャラ ラジマさん。広島県で生まれ、幼い頃は親の仕事の関係でバングラデシュと行き来しながら、9歳の頃に下町情緒あふれる東京都北区に移り住んだ。
大学生の頃にモデル活動を始め、今ではドラマやバラエティーにも出演。そんなシャラさんが一躍注目を集めたのは、ちょうど1年前のコラム<私が「美しい」と思われる時代は来るのか?“褐色肌、金髪、青い眼”のモデルが問う>がきっかけだった。
金色に染めた髪とカラコンで飾る青い瞳は、そのルーツをどこかあいまいにする。「私は、世の中にとっての全ての間のような存在でいたいんです」。シャラ ラジマはそう言ってのける。彼女の思いを聞いた。
※記事の前編<<「私のファンデーションはなかった」 肌や目、髪の色にとらわれない「シャラ ラジマ」とは何者か?>>から続く。
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シャラさんはもともと好きだった音楽を通して、アーティストの友達が増えていく。自分にも何か表現できるのかもしれないと考えていたある日、モデルの誘いを受けた。もともと文章を書きたいと考えていたが、モデルの仕事は非言語表現にもつながると考え二つ返事で、決めた。
芸能の世界では、年齢だったり、性別だったり、肩書だったり、あるいは国籍だったりといったことが求められる。シャラさんもそのバックボーンゆえ、多様性を語る存在として指名されることがあるが、馴染めなさを感じることがある。
「私のような南アジア系の人種がモデルの活動をできている時点で、世の中は大きく変わったと思います。ただ、特に今海外では『自分の人種を愛してください』という風潮が強いなと感じていて。わたし自身は自分の人種を嫌悪しているわけでもなく、崇拝しているわけでもなく、本当のことを言えばなんでもいいなと思っています。でも、この容姿で表現していると、海外では『白人に見せようとしている』と受け取られることもありました。インド人だったら『黒い髪で、瞳も黒のままなら起用する』という目線なんです。でも、自分が何人であるかもわからないようにしている私はそこからも外れている。白人の彼らは髪を黒や青に染めたって、『自分の元の色が』と言われないことにも疑問を持っています。有色人種の私の自由な容姿の表現が受け入れられるには、まだ少し時間がかかると思っています」