哲学者 内田樹
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 哲学者の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、倫理的視点からアプローチします。

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 旧統一教会と国葬と五輪汚職をめぐってインタビューを受けた。毎日新しいニュースが飛び込んでくるので、原稿が掲載される頃には少し前にした話が「旧聞」になることが多い。それでは読者に申し訳が立たないので「これから起きそうなこと」を話すようになる。先のことについての予測だと「旧聞化」リスクは回避できるが、外れるリスクも高い。でも、私は未来予測をするのが好きである。

 第一に自分の情報収集や推論の精度を確認することができるからである。外れた場合にはどういう兆候を見落としたのか、何を過大評価したのかが自己点検できる。

 何よりも私が「これからこういうことが起きる」と予測をしておくと、賛否にかかわらず読者たちは私の予測が当たるか外れるかいくぶんの興味を持ってニュースを読むようになる。仮説の当否を吟味しながら読むのと、ストレートニュースを読むのでは読者の側の集中力にずいぶん差が出る。つまり、未来予測はそれだけで人々のニュース感度を刺激するということである。これはメディア環境としては決して悪いことではない。

 だが、ふつうの言論人はあまり未来予測をしない。外れると知的威信にかかわると思っているのかもしれない。私はさいわい失って困るような威信を有していないので気にしない。

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