その中のひとりが放った言葉は今でも忘れられません。「私や子どもだけならカフェごはん(café food)で済むのに、夫がいるとちゃんとしたレストランの食事(sit-down restaurant meal)を作らなきゃいけないんだよね」……ほんとそれ。夫がいなければパン屋さんのサンドイッチとか冷凍食品とかでサクッと済ませられるのに、夫がいるとイチから肉を切って焼いて盛り付けて、後に残されるのは洗うのも厄介な油べったりのまな板、お皿、フライパン。作り置きや外食にも限度があるし。食事作りの苦労は、国際結婚夫婦だけでなくどの夫婦も一緒だったのです。
その後しばらくして、夫が自分の弟と10日間旅行に出かけることになりました。長期間のワンオペ育児は辛かろうということで、私は義理の母と妹の暮らす家へお邪魔することに。それは、まるで夢のように楽しい10日間でした。義母と義妹がいい人たちなのもさることながら、いちばんの理由は、女子どもだけで作って食べるごはんでした。朝はコーヒーとシリアル、昼はアボカドとクリームチーズのベーグルサンドイッチにスムージー、夜はローストしたカリフラワーとお豆のスープ──。夫がいたら動物性タンパク質が足りないと口をとがらすような、生肉をさばかない心安き食生活を送ることができたのです。
そして私は確信しました。食文化の違うふたりが暮らす国際結婚家庭の食卓は、確かに苦労が多い。でもそれ以上に苦労が絶えないのは、性別の違う者同士が暮らす家庭であると。国籍よりも深い、男女の違い。配偶者や恋人、パートナーに作る料理がしんどいとお嘆きの同士の皆さん、まずはお互いを労おうではありませんか。ニーズがこうも違う者同士ひとつ屋根の下で暮らしている限り、毎日のごはん作りがしんどいのは当たり前である。私たち、結構がんばっているんじゃないか、と。
おや、彼方から声が聞こえます。夫だけならまだいいぞ、息子たちが大きくなってスポーツでも始めたら、その時こそ泣き言なんか言ってられなくなるんだから……って。我が家の息子たちは3歳と1歳。彼方の声には、まだ聞こえないふりをしていてもいいでしょうか。
〇大井美紗子(おおい・みさこ)/ライター・翻訳業。1986年長野県生まれ。大阪大学文学部英米文学・英語学専攻卒業後、書籍編集者を経てフリーに。アメリカで約5年暮らし、最近、日本に帰国。娘、息子、夫と東京在住。ツイッター:@misakohi
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