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 小説家・長薗安浩さんの「ベスト・レコメンド」。今回は、『ギフテッド』(鈴木涼美、文藝春秋 1650円・税込み)を取り上げる。

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 鈴木涼美の『ギフテッド』が芥川賞候補になった際、AVやキャバクラなどで働いていた作者の経歴が話題となった。鈴木は自身の過去をどれほどデビュー作に反映させたのか、そんな興味をもって読みはじめた。

 舞台は2009年頃の、歌舞伎町らしき歓楽街。その片隅で暮らす「私」の部屋に、死期の迫った「母」が<あと一編だけ、詩をかき上げたい>とやってきて、8年ぶりの同居がはじまる。しかし母は呼吸困難となり、数日寝泊まりしただけでまた病院へ。私はキャバクラを辞めて病院に通い、一人で自分を産み育てた母を見守り続ける。

 この母は、私が中学2年生のときに、煙草の火とライターで火傷を負わせていた。<母に焼かれた肌>は痕となり、17歳で家を出た私は、それを目立たなくするため刺青を施す。怒鳴ったり暴力をふるったりすることがなかった母は、なぜ娘の腕を焼いたのか。主人公が抱くこの問いはそのまま読者の謎と化し、併せて、いったい何が「ギフテッド」なのか考えさせられる。

 また、風俗店で働く人々の実態と生活空間の描写が精緻で、彼女たちの危うい日常に引き込まれる。私はドア一枚で外界を隔て、どうにか自分を保っていた。いざ街へ出れば、そこには女性を商品として扱うシステムや男たちが跋扈(ばっこ)しているから。

 53歳で逝った母は、自身の経験からそのことを知っていたのだろう。美しく自尊心の強かった母が、かつてパトロンに語ったという男性観に、彼女の蛮行の秘密が隠れているようだ。

 歓楽街と母娘。鈴木は、よく知っている世界の実相と、死をもってしか理解できない関係性の悲しみを、皮膚を剥ぐように描いてみせた。

週刊朝日  2022年9月2日号