鴻巣:アシュリって、出てくる男の中でちょっと割を食っててかわいそうだなと思うんですよね。スカーレットに勝手にイメージで持ち上げられたり落とされたりするじゃないですか。セクシュアルなレットはスカーレットの心が好きで、貴公子みたいに言われるアシュリは、実はスカーレットに性欲を抱いているというのが皮肉で。もう一方、アシュリの病弱な妻メラニーは、実は2人目の子どもが欲しいんですよね。だけど、子づくりを誘われても、アシュリは頑として応じない。内ではメラニーという貞淑な女性に慕われ、外に出ればスカーレットみたいな魅力的な女性が迫ってくる。20代の男性としてはつらかったんだろうなと思うんです。
林:なるほど、そういう解釈ですか。年齢とともにいろんな読み方ができますね。だけど、いまの人、原作を読まないじゃないですか。私たちのころ……鴻巣さんのほうがずっとお若いのに「私たち」なんて言って申し訳ないけど、『ジェーン・エア』とか『嵐が丘』とか、少女のころ読むべき本がいろいろありましたよね。
鴻巣:『赤毛のアン』『あしながおじさん』『若草物語』……いろいろありました。
林:うちの娘なんて一冊も読んでませんよ。子どものころ『赤毛のアン』を渡したら、「こんなきれいごと、フン」とか言って(笑)。
鴻巣:『赤毛のアン』って、子ども向けの児童書だと思われていますけど、あれの原文って、ものすごく難しいんですよ。
林:あ、そうなんですか。
鴻巣:シェークスピアとかテニソンとか『聖書』とか、いろんな引用が出てきて、翻訳講座で取り上げると、みんな音を上げるんです。『あしながおじさん』も難しくて、続編には精神的な病のことが出てくるんですけど、それがいまで言うと差別的に書かれているので。
林:オー・ヘンリーは翻訳しやすいですか。
鴻巣:実は難しいんですよ。「最後の一葉」とかが有名で、なんとなくやさしいと思われてますけど、大学の授業で取り上げると、みんなヒーヒー言ってます。訳すのはけっこう気をつかう作家ですね。
(構成/本誌・唐澤俊介 編集協力/一木俊雄)
※週刊朝日 2022年9月2日号より抜粋