『風と共に去りぬ』を訳しただけでなく、著書に『謎とき「風と共に去りぬ」』もある翻訳家・鴻巣友季子さん。そして、『風と共に去りぬ』の新訳『私はスカーレット』を刊行している作家・林真理子さん。同書に魅せられたお二方の対談は、話題は尽きませんでした。
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林:英語圏の本には『聖書』からの引用がよくありますけど、翻訳家の方は『聖書』も勉強しなきゃいけないわけですよね。
鴻巣:『聖書』からの引用って文体が独特なので、何となくピンとくるんです。『風と共に去りぬ』でも、スカーレットの有名な最後のセリフ、「Tomorrow is another day」は、新約聖書『マタイ伝』の一節を意識していて、「明日はまた新たな悩みが出てくるから、明日のことで悩むのはやめなさい」というのが下敷きにあるらしいんですよ。
林:そうなんですか。鴻巣さんはスカーレットが妊娠して仕事を休むときに、「産休」って訳したんでしょう?
鴻巣:はい。あのころ「産休」なんてありませんけど、スカーレットってベンチャービジネスの社長じゃないですか。いま日本でも、中間管理職とか管理職の女性が妊娠して休暇をとるときに、あとをまかせられる人材がいなくて困るという話を聞いていたんですけど、スカーレットもまったく同じ悩みを持ってるんです。大好きなアシュリはぜんぜん頼りにならないし、これは現代の女性の管理職の悩みそのままだなと思って、あえて「産休」という言葉を入れたんです。
林:いまだったらひどい差別用語とかも出てきますよね。それは直すんですか。
鴻巣:『風と共に去りぬ』の場合は、黒人差別の言葉は思ったよりないんですよ。当時もある程度気をつけていたと思うんです。黒人に対する「ニガー」という蔑称の使用もスカーレットは自戒していて、むしろ白人に対して蔑称とか罵倒があるんですね。「ホワイト・トラッシュ」(低所得層の白人)とか「レッドネック」(農村部の貧困白人層)とか。そこは、訳すときに気をつかいますね。