腹部大動脈瘤
1996年(平成8年)2月10日、司馬氏は自宅で倒れ、同月12日、彼の愛した大村益次郎と同じ国立大阪病院で死去した。享年72。死因は腹部大動脈瘤破裂であった。救命救急医学や血管外科学が発達した現在でもいったん発症すると救命困難なことのある疾患である。原因の多くは動脈硬化であり、50代から70代の男性に多い。最大のリスク因子は喫煙と言われている。
司馬氏は紙巻きたばこを口にしている写真が多く、ご本人も執筆には濃いお茶とたばこが必要と書いておられた。大正から昭和初期に生まれた男性にとって喫煙は普通の習慣ではあったが、亡くなられる前、平成になってからはその害が認識され喫煙者も減った時代であり、禁煙していただきたかった。また、現在であれば、破裂前の大動脈瘤は無症状でも超音波検査で比較的容易に発見され、ステント置換手術で破裂が予防できることから、検診と予防的手術で発症を防ぐことができたであろう。
フランシス・フクヤマが『歴史の終わり』で自由主義経済が最終的な勝利を収めたと喝破して30年、決して歴史は終わらず、混迷を深めている。晩年まで健筆だった司馬氏には長生きして平成後半から令和にいたる日本を見ていただきたかったと思う。
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