『戦国武将を診る』などの著書をもつ産婦人科医で日本大学医学部病態病理学系微生物学分野教授の早川智医師が、歴史上の偉人や出来事を独自の視点で分析。今回は、歴史小説家の司馬遼太郎氏を「診断」する。
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仕事柄、日本のあちこちで講演を依頼されるが、話のマクラに私の敬愛する歴史小説家・司馬遼太郎氏の『街道をゆく』からその土地のエピソードを取り上げると大変受ける。朝日新聞出版から電子版で出ているので、出典を明示してその地方の風景や郷土の偉人と病気を取り上げ、講演の本題に入るわけである。2023年はその司馬遼太郎氏の生誕100年にあたる。1996年(平成8年)に腹部大動脈瘤破裂で逝去されてもう四半世紀になるので、20代以下の若者では知らない人も多いかもしれない。
大河ドラマと司馬史観
我々がイメージする歴史上の人物像、峻厳苛烈で新たな美意識を持った織田信長、ひょうきんで抜け目ない豊臣秀吉、古典的教養人の明智光秀、時代に先駆けた坂本龍馬といったイメージは、司馬氏の作品(と大河ドラマ)によるところが大きい。いわゆる「司馬史観」といって、歴史の流れを大局からとらえるとともに時代を生きた人々を、愛情をもって生き生きと描いたところが我々の心をつかむのであろう。
司馬氏の小説というと、『国盗り物語』『新史 太閤記』『関ケ原』『城塞』など戦国時代と、『竜馬がゆく』『燃えよ剣』『世に棲む日日』『花神』など幕末を舞台にしたものが多いが、筆者が中学生のころ、某新聞に明治期の日本と日清・日露の役を扱った『坂の上の雲』が連載され、これを読むのが数年間毎日の楽しみだった。連載が終わった時には亡父が全6巻のハードカバーを買ってくれ、現在は電子版で常に手元にある。モンゴルの専制的支配を受け、西洋からは後進性を見下されてきたロシア人の悲哀と個人的な人のよさ、一方では国家としての無法な膨張政策など昨今の世界情勢を見ると感慨深いものがある。