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 人生の終わりにどんな本を読むか――。週刊「大槌新聞」を創刊した菊池由貴子さんは、「最後の読書」に自著『わたしは「ひとり新聞社」 岩手県大槌町で生き、考え、伝える』を選ぶという。

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 22歳の時、私は2度心停止した。

 潰瘍性大腸炎で入院治療中、劇症型心筋炎を併発。意識不明となった。「間もなく3度目の心停止が来る」。病院に駆け付けた両親は医師にそう告げられた。だがその後は止まることなく数日後には意識を取り戻した。

 心停止になる数週間前から吐き気に襲われた。体が熱っぽく、倦怠感もひどかった。そのうち歩けなくなり、ベッドで体を起こすこともできなくなった。主治医に何度訴えても原因不明とされた。見舞いに来た家族には「具合が悪い」としか言えず、最後は氷を口に含んで横たわったまま。本を読むどころではなかった。

 3度目の心停止は免れたが、数秒で死に至る可能性がある不整脈が後遺症となった。今度こそ死ぬとすればこれが原因になるのではないか。数秒では、やっぱり本を読む暇はない。本は元気なうちに読んでおこう。

 心停止した当時は獣医を目指す大学生だったが、退学せざるをえなかった。夢を失い入退院を繰り返す中でも「自分ができることで人の役に立ちたい」と思った。新たな夢が、生きる意義が欲しかった。そんな頃、東日本大震災に遭った。被害が大きかった岩手県大槌(おおつち)町で暮らしていた私は週刊「大槌新聞」を創刊。町内全戸に配った。復興情報を伝えるとともに、見えてきた課題を指摘した。新聞発行は2021年で終了。現在はオンラインでの情報発信に加え、講演や執筆などに取り組んでいる。

 人生の最後に本が読めるとしたら、自分が書いた『わたしは「ひとり新聞社」』だ。私や大槌新聞の生い立ち、心を動かされた町民の写真や言葉などを掲載した。人生を振り返りながら、お世話になった方々に感謝するとともに、あの世でまた会えると信じたい。『鬼滅の刃』も読みたい。鬼の始祖、鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)を倒すため、鬼殺隊は「役に立ちたい」と命がけで戦う。隊員が亡くなった後もその思いはつながり、ついには無惨を倒す。最終話では隊員の生まれ変わりが描かれている。天災や戦争、病気など世の中は不条理だらけだが、人の思いや命は永遠につながるということを再確認しながら最期を迎えたい。

週刊朝日  2023年1月27日号

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