ところで世界は広いもので、フェミニズム事典というのもある。私の手元には98年に改訂された「新版フェミニズム事典」(明石書店)があるが、原書は80年代初頭、英語圏の女性たちがつくったものだ。70年代の実践的運動をもとに80年代に理論的構築されたフェミニズムが世界をどう解釈しているかが、この事典では面白いように分かる。

 例えば「性暴力」は、新版フェミニズム事典ではこう定義されている。

「男性が女性を故意に脅かし抑圧するために、組織的に使う性的なテロ行為」

 テロ行為である……。その言葉の強さに圧倒されそうになるが、例えば10歳の自分が突然エレベーターの中でオジサンにお尻を触られた気持ち悪さや、アルバイト先のスーパーで「包丁のさばき方を教えてあげる」と背後から抱きつかれたりなど、それはあまりにも一方的で、人生を中断させる暴力行為であったことをジワジワとこの言葉によって肯定されるような思いになる。やる側にとっては大した覚悟もない、テロと言うにはあまりにも軽い、ちょっとしたお楽しみ程度の気軽さだろうが、やられた側からすればテロ行為、というのがふさわしい重さだ。実際の行為をもって自ら持つ権力を行使し、力ずくで分からせる恐怖政治と考えれば、性暴力=テロ、はむしろ胸にストンと落ちるような定義にも読めてくるだろう。

 そう、こんなふうにフェミニズムは、今の世の中からかなりはみ出るくらいの本来、過激な思想である。そして「女とは誰か」「女であるとはどういうことか」をずーっと自問し続ける哲学でもある。そういう者たちに対して「男も女も性的少数者も」と、適当なことは言わないでほしい。ちょうどいいフェミニズム、にはおさまりきれない痛みから始まったのが、フェミニストの思想なのだ。

北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

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