藤井の側からは比較的わかりやすい攻め筋がある。少しでも将棋の心得がある者ならばすぐに見える順であり、またAIもその手をベストに選んでいた。
しかし藤井はすぐには指さず、こんこんと考え続ける。
藤井はかつてイベントの席上において、詰みまで41手もかかる詰将棋を出題され、わずか二十数秒で解いてみせたことがあった。天才・藤井が本気を出せば、わずかの時間のうちに、はるか遠い先まで読める。その読みの密度は推して知るべしだ。
藤井が指した次の一手は、渡辺陣への歩打ち。通るか通らないかわからない、ギリギリの利かしだった。
藤井はこの一手に2時間28分を使い、自身の棋士人生における最長考の記録を作った。
こんどは渡辺が選択を迫られる。打たれた歩を金で取って受けるか。取らずに攻め合うか。どちらも有力に見えて悩ましい。
考えること55分。53手目、渡辺は決断して歩を取った。
「すごく悪いとは思っていなかったのですが……」
渡辺はブログにそう記している。しかしそれが敗因となるのだから、将棋は恐ろしい。あるいは、それをとがめた藤井が恐ろしい、というべきか。
■2日制では14勝1敗
藤井は利かしを入れて渡辺陣のバランスを崩したあと、満を持して一気に前に出る。華麗な攻め筋を織り交ぜながら、1日目にして優位に立った。
2日目に入り、藤井は優位を拡大。敷かれたレールの上をスーッと通っていくかのように、着実にゴールに近づいていく。飛車を切って迫り、最後は渡辺玉をきれいな即詰みに討ち取った。
相撲では立ち合いから一直線に土俵の外まで押し出すことを「電車道」という。形勢の推移と結果だけを見れば、観戦者の目には、藤井が電車道を突き進んだかのような勝利に見えた。
たしかに渡辺にも判断ミスはあった。しかしそれをとがめて敗因にさせたのは、藤井に桁外れの技量があればこそだ。
「自分としてはあまり2日制が得意という印象ではないんですけど」