聖人崇拝は、一神教であるキリスト教と、古代多神教の折衷としてカトリック教会の成立時より続いている。聖人は神と人間を仲裁することで、病気を癒すと考えられていたので、聖ウァレンティヌスがてんかん患者の口から悪魔を追い出すという場面が描かれている。他にもてんかんを癒す聖人として、聖アエギデウス、聖アナタシウス、聖アントニウス、移植医療の伝説で有名な聖コスマと聖ダミアーノ、洗礼者ヨハネなどが知られているが、聖ウァレンティヌスが最も有名である。

 聖ウァレンティヌスはてんかんのほかにも、失神、狂気、痛風、産婦人科領域では子宮出血から獣医領域の牛や豚など家畜病まで癒したことになっている。一方、キリスト教図像学ではブタは悪魔の化身で、狐憑きならぬブタ憑き(レギオン)となっておぼれ死ぬという挿話「ガダラの悪魔の治癒」があるので、この辺りで混同が起きたのかもしれない。

■難病治療を祈って

 てんかんの意のepilepsyの語源は、襲う(to attack)を意味するギリシャ語の動詞epilambanein に由来し、医学の父ヒポクラテス(BC460頃~370頃)が、てんかんは脳の病気であるという本質を見抜いている。しかし、「大脳 ニューロンの過剰な発射から由来する反復性の発作」という発症機序は19世紀まで不明だった。現在では優れた抗てんかん薬でコントロールが可能だが、これらの薬も診断のための脳波検査やCT、MRIなど全て20世紀以降の医学の進歩によるものである。古代末期から中世まで西欧社会を支配したキリスト教では、てんかんは「…この子は私の一人息子ですが、霊が取りつきますと彼は急に叫びだすのです。それから霊は彼をひきつけさせて、泡を吹かせ、彼を弱り果てさせて、なかなか出ていかないのです」(ルカ9.38)とある。

 キリストが変容して小児てんかんの患者を癒す場面はラファエロの絵画で有名だが、いつ発作が起こるかわからず、治療法もない古代から中世にかけてこの難病を癒してくれる(と信じられてきた)聖人の存在は、現代のわれわれのチョコレートとは比べ物にならないほど、ありがたみがあったであろう。

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