■堕姫が兄に願ったこと
他人に攻撃的で、いつもイライラしている堕姫であったが、彼女は兄の前では素直で愛らしい妹だった。人間時代の堕姫と妓夫太郎には父親がおらず、遊女だった母親からも愛情を注がれることはなかった。貧困の中で、ネズミを食い、虫を食い、寝床すらないような生活。死と隣り合わせの恐怖と苦痛を兄だけが癒やしてくれた。
堕姫の妓夫太郎への言葉は真っすぐで、たったひとつのことしか望んでいない。兄の優しさを一身に受けていたい。兄のそばにずっといたい。堕姫は兄と離れることを何よりも恐れた。
<アタシを嫌わないで!!叱らないで!!一人にしないで!!>(堕姫/11巻・第97話「何度生まれ変わっても<後編>」)
堕姫が妓夫太郎と一緒にいたがるのは、兄しか身内がいなかったからではない。人間だった頃、堕姫は「妓夫太郎の留守中」に、侍の男に襲われたことがあった。堕姫はまだ13歳だった。瀕死の重傷を負うなかで、堕姫は一瞬でも妓夫太郎と離れてしまったことを強く後悔した。ずっと守ってくれていた兄がそばにさえいたら……。そして、堕姫が息絶えそうになったその瞬間、妓夫太郎は彼女を救うために鬼になることを選ぶ。
■「妹を助ける」ということ
妓夫太郎は自らが鬼になることも、妹が鬼になることにもためらわなかった。どんな姿になっても、人を喰わねばならなくなったとしても、その罪も全部ひっくるめて、「妹を生かす」ことだけを願った。妓夫太郎は妹がかわいくてたまらないのだ。どうしても、死なせたくないのだ。
炭治郎とはここが大きく異なる。炭治郎は「妹を人間に戻すため」に戦っているが、禰豆子が人を喰ったら、炭治郎は妹を殺さねばならないし、それをルールとして受け入れている。炭治郎は自分が鬼になった時も、誰かが自分を「殺してくれる」のだと信じている。
<もし俺が鬼に堕ちたとしても 必ず 鬼殺隊の誰かが 俺の頸を斬ってくれるはず>(竈門炭治郎/11巻・第93話「絶対あきらめない」)