1月29日、渡辺宏容疑者を乗せた車
1月29日、渡辺宏容疑者を乗せた車
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 埼玉県ふじみ野市で立てこもりが発生し、医師の鈴木純一さん(44)らが犠牲になった1月27日から約1カ月。事件日、渡辺宏容疑者(66)=殺人容疑で送検、18日に理学療法士への殺人未遂容疑で再逮捕=は、在宅クリニックの関係者7人を呼び出し、前日に亡くなった高齢の母親(92)に心臓マッサージを要求し、それを断られ、散弾銃を発砲。鈴木医師が撃たれて死亡、理学療法士の男性(41)が重傷を負った。病院や施設ではなく、家で最期を迎えたいと望む患者や家族に寄り添った在宅医療だが、事件により、在宅ケアに携わる医療・介護従事者に戦慄が走った。ある訪問看護師は「撃たれたのは自分だったかもしれない」と不安がこみあげ、在宅で行う医療で経験してきたリスクを取材で明かした。

【写真】立てこもり事件があった現場付近

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 都内で看護師をしているAさんは、7年前、60代の独身の息子が90代の母親を介護する家庭で訪問看護を請け負っていた。社会問題である「8050」がさらに高齢化した「9060」世帯だ。90歳を超えた母親は、脳梗塞と心不全を患っており、意識がほとんどなかった。看護師Aさんは、母親の心臓が止まったら「安らかに看取る」ことを事前の共通認識として息子と話し合っていた。だが、母親が息を引き取ると、その場にいた看護師Aさんに矛先が向けられた。

「息子さんから『医療ミスだったのではないか』と咎められ、裁判になりました。それも、母親が亡くなって2年程経ってからです。機能が低下している高齢者の心臓は、いつかは止まるとわかっていても、それがいつになるのかがわからない状況が続きます。ついに止まると、その状況が受け入れられなくて、その場にいた医療者のせいにしたくなったのだと思います」(訪問看護師Aさん)

 息子は裁判で「最後に心肺蘇生をしてほしかった」と主張し、慰謝料2200万円以上を請求。最終的に在宅医療におけるインフォームド・コンセント(十分な説明と同意)ができていなかったことが看護師側の過失となり、5年間の話し合いの末、和解金約200万円で決着が付いた。和解金は賠償責任保険で賄った。

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事件を知って「明日は我が身と…」