岩波ホール最後の上映作は、ヴェルナー・ヘルツォーク監督の「歩いて見た世界 ブルース・チャトウィンの足跡」。同監督作品がここで公開されたのは、「アギーレ・神の怒り」(1983)以来39年ぶり
(c)SIDEWAYS FILM
岩波ホール最後の上映作は、ヴェルナー・ヘルツォーク監督の「歩いて見た世界 ブルース・チャトウィンの足跡」。同監督作品がここで公開されたのは、「アギーレ・神の怒り」(1983)以来39年ぶり (c)SIDEWAYS FILM

岩波ホールで当てたい

 高野さんが亡くなって勢いは失われたとはいえ、岩波色は消えなかった。前出の武井さんは岩波の魅力を「他の映画館では持っていきにくいが、こういう映画は岩波ホールで当てたいと思うところがあった」と話す。

「『金の糸』は登場人物はすべて高齢者。そんなドラマは地味に見えるかもしれませんが、過去の修復から未来を見る。約90分の中であれだけ奥行きの深い映画は少ないと思う。こういう映画で勝負できるというのが岩波のすばらしいところ。閉館はとても残念です」

 千代田区にとっても、岩波ホールは「文化活動の拠点の一つとして、50年以上愛されてきた。多様な文化を広めてきた発信地」(千代田区役所広報担当)だった。千代田区立図書館では7月23日まで企画展「ありがとう 岩波ホール」を開催。高齢者を中心に、図書館の担当者に岩波ホールの思い出話をして帰る人が少なくなかった。「今までの企画展ではなかったこと」(広報担当者)と言う。

戦後の究極の「文化」

 取材中、50代の女性会社員に「ぜひ存続させてほしいと書いてください」と切望された。

「広く良質な作品を上映してくれた岩波ホールは文化的な意味づけが大きかった。私が一番好きな映画は、ここで見たイタリア映画『輝ける青春』。DVDも買いましたが、神保町のイタリア書房で原作も買いました。どこも同じような商業施設で似たような街が多くなる中、本の街にある岩波ホールは個性。街の活性化にも必要なのでは」

 日本大学芸術学部の古賀太教授も「文化の多様性には個性的な作品を上映するミニシアターの存在は欠かせない」と言う。

「ミニシアターがなくなり、ヒット映画しか見られないと、ものの考え方が画一的になり、映画の多様性が失われる。映画は人間にとって大事な、必要不可欠な文化です。岩波ホールは戦後の岩波文化とアート映画界が組んだ究極の『文化』でした」

 そんな尊い文化がこのまま消えてしまうのか。閉館後の予定は「まだ決まっていない」(岩波ホール)だけに、業界では「新たな岩波ホールが生まれる可能性」を期待する声は消えていない。(フリーランス記者・坂口さゆり)

AERA 2022年8月8日号

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