林:劇団「雲」って、芥川比呂志さんとか仲谷昇さんとか岸田今日子さんとか、文学座から分かれた人たちがいらした劇団ですね。
松岡:そう。折あらば現代劇を訳して演出できたらいいな、細々とでもいいから道をつけておきたいなと思ってたんです。
林:卒論はテネシー・ウィリアムズだったんですよね。それがどうしてシェイクスピアに?
松岡:シェイクスピアは難しすぎて常に逃げてたんです。「英文科に入ったんだから、卒業までにシェイクスピアを一冊は読まなきゃ」ぐらいの気持ちでシェイクスピア研究会に出てみたの。ちょうど先輩たちが集まって、原文で「ハムレット」を読んでいるところでした。ハムレットの父親の亡霊が「復讐しろ」と出てきて、弟がどうやって自分を殺したかを延々と語るくだりです。「自分が昼寝をしているときに、弟が自分の耳に毒を流し込んだのだ」って。その「耳」が複数になってるのに気づいた。
林:「ears」ですね。
松岡:それを読んで私、「複数になってるってことは、片耳に毒を流し込んで、頭をひっくり返して、もう片方の耳にも毒を入れたのかしら」と言ったんです。そしたら「あら、本当ね」とも言ってもらえず、完全に無視されて、すっごく恥ずかしかったの。それがイヤな記憶になっちゃって、しばらくシェイクスピアを避けてた。「雲」に入っても自分には何の強みもないし、このままじゃダメだ、シェイクスピアを勉強し直そうと思って、東大の大学院に入ったんです。
林:素人の質問ですけど、シェイクスピアの時代の英語といまの英語は、ずいぶん違うんですか。
松岡:違いますね。「ハムレット」が書かれたのは関ケ原の合戦のころ、1600年ごろですから、日本人があのころの古文を読むみたいなものですよね。同じ単語でも意味が違ったりして。
林:一つの単語のために一晩中考えたこともあるとか。
松岡:何度もありますよ。それで私、林さんに伺いたいんですけど、林さんの『小説8050』を読んでほんとに感動しちゃって、素晴らしい!と思ったの。