林:シェイクスピアの戯曲の中で、松岡さんにとっていちばん魅力的な人物って誰ですか。
松岡:戯曲として好きなのは「リチャード二世」。
林:ああ、悪い王様。
松岡:ダメな王様なんだけど、言葉がすごい。結局それが蜷川さんの最後の傑作になりました。さいたまネクスト・シアターという若者だけの専属劇団と、ゴールド・シアターという高齢者の劇団のジョイントでやったの。亡くなる1年前かな。15年初演で、評判がよくて、翌16年にはルーマニアのクライオーヴァというところでもやったんです。
林:はい、有名な演劇祭ですね。
松岡:私、蜷川さんに翻訳をほめられたこと一度もないんだけど、「リチャード二世」のときだけは、パンフレットに「ぼくの演出が松岡さんの翻訳をきずつけないことを祈るばかりです」と言ってくださってるんです(涙声)。
林:それは最大の賛辞ですね。
松岡:家に帰って読んで、「最後になってそんなこと言わないでよ」って、私、泣いちゃったの。
林:私、昔、シェイクスピアの戯曲を若い女性向けのエッセーに直して女性誌に連載したことがあって、ずいぶんシェイクスピアの本を読んだんですが、本当の意味がわかってないからすごく大変でした。しかも、猥談がいっぱい出てきたりするでしょう。
松岡:しょっちゅう出てきます。差別語満載だし、今そのままやるのは困っちゃいますよね。だから上演のときはカットするなり、配慮しないといけない。
林:なるほどね。
松岡:ただ反対に、シェイクスピア・シリーズの最後の「終わりよければすべてよし」なんかはほんとに現代的というか、シェイクスピアは16~17世紀にこんなに女性に肩入れして、現代でも通用する戯曲を書いたんだと思って、私、びっくりしちゃった。それで私、考えたんですよ。
林:はい、何でしょう。
松岡:シェイクスピアは「普遍性がある」と言われるけど、なんでだろうかと考えて、私なりに結論を出したんです。さっきも言ったように、シェイクスピアは材料にしてるネタ本がある。王様を主人公にしたお芝居の場合は、当時書かれた年代記がネタ本なんですよね。「ハムレット」だって、ネタは12世紀のデンマークの年代記。それを16~17世紀のロンドンのお客に見せるわけでしょう。だからシェイクスピアはその時代に通用するものを取捨選択してると思うの。さらにその延長線上に21世紀の私たちがいる。「普遍的」と言われるのは、彼がテーマを取捨選択してくれてるからだと思う。