21世紀の北朝鮮には悲惨な情景が広がっている。特に地方の農村地帯は「韓国の1960~70年代と同じ状況」(脱北者)が続いている。住宅には水道もガスも壁紙もない。近くの川や井戸からくんだ水と、炭や木々を使って煮炊きする。電気は夏季であれば、朝夕を中心に1日3~4時間使えるが、河川の凍結で水力発電が使えない冬季は、一日中電気が使えない場合も多い。中朝国境地帯の鴨緑江(おうりょくこう)や豆満江(とまんこう)では、今も洗濯や水浴びをする北朝鮮住民の姿が見られる。

 07~10年と13~18年にドイツの駐北朝鮮大使を務めたトマス・シェーファー氏は在任中、中朝国境にある中国・丹東に出張した。平壌に戻る途中、車が故障した。近くの畑で働いていた農夫たちがタイヤ交換などを手伝ってくれた。シェーファー夫人がお礼にバナナをあげると、農夫たちは疑わしげな目つきになり、夫人に「これは一体どうすればいいのか」と尋ねたという。また、12年に訪朝した北朝鮮専門家は咸鏡南道の民家を訪問した。お土産にサンドイッチを渡すと「どうやって食べるのか」と質問されたという。

 その結果、金正恩総書記が採ったのが棄民政策だった。北朝鮮の人口は約2500万人。彼らが「革命の首都」と呼ぶ平壌以外の地域に住む人々は、人口250万とも300万とも言われる平壌に富を集めるために存在する。地方の人々は特別な通行許可証がなければ、平壌に入ることは許されない。国は医療や教育、インフラ整備に予算をほとんど投下しない。道路整備や公共施設の建設には、市民が勤労奉仕を強要される。(朝日新聞記者・牧野愛博)

AERA 2022年4月18日号より抜粋

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