米韓関係筋の一人は、北朝鮮の思惑について「核保有を米国に認めさせるのが狙いだろう」と語る。金正恩氏の実妹、金与正党副部長は20年7月に発表した談話で「朝米協議の議題を『非核化措置対制裁解除』から『(米国の)敵視撤回対朝米協議再開』の枠に改めるべきだ」と主張した。脱北した元党幹部によれば、「敵視撤回」には、北朝鮮を攻撃できる米核兵器の撤去、在韓米軍の撤収などが含まれる。

 バイデン米政権もすでに北朝鮮の非核化政策について「段階的、現実的なアプローチ」を唱えている。東アジアに「核ドミノ現象」が起きることを避けるため、米国は北朝鮮の非核化という目標は捨てられないが、実際は核軍縮と同じ道をたどることになる。

 ただ、北朝鮮は核開発と引き換えに、多くの犠牲も払ってきた。韓国銀行が3月30日付で公表した資料によれば、北朝鮮の国内総生産(GDP)は16年を100とした場合、20年は88.6まで下落した。輸出入総額も16年の65.3億ドルから21年は7.6億ドルに激減した。17年に国連による経済制裁が大幅に強化され、新型コロナウイルスの影響で20年1月に国境を封鎖した影響も大きいが、軍事開発に走るあまり、公衆衛生への投資や国際協力を軽んじてきた結果とも言える。

水道もガスも壁紙もなく、サンドイッチを知らない

 北朝鮮は「無償医療」を唱えてきたが、無料なのは診察費だけで、治療薬は患者が市場で自ら購入しなければならない。入院費も有料だし、治療を優先的に受けるためには賄賂(わいろ)も必要になる。一般市民が比較的設備が整った平壌の病院で治療を受けようと思えば、居住する地区にある人民病院の医師の紹介と莫大な費用が必要になる。

 現在、世界で新型コロナウイルスのワクチン接種を始めていない国・地域は、アフリカ・エリトリアと北朝鮮しかない。韓国統計庁によれば、19年の北朝鮮の総発電電力量は238億キロワット時(kWh)。韓国の5630億kWhのわずか20分の1にも満たない。これは北朝鮮全体の電力需要の2割程度しか満たしていないとされる。北朝鮮には、低温でワクチンを流通管理するコールドチェーンもない。北朝鮮が国境封鎖を続ける背景には、こうした脆弱(ぜいじゃく)な社会基盤の実態がある。

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