
社員5人の小さな配給会社「東風(とうふう)」が、どうしてドキュメンタリーのヒット作を連発できるのか。映画監督ら「外」の声を集めた前回に続き、ライターの朝山実さんが今回は「内」の思いを深掘りした。「全員ヒラ」の「ニッチな会社」には社員の熱い思いをくみ上げる志と仕組みがあった。
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「ああ、そうそう。東風といえば、『主戦場』(ミキ・デザキ監督)が出演者の一部から訴えられて、記者会見を行ったときに突然、木下が泣きだしたんだよね。なんでこの場面で泣くのか。見ていて恥ずかしくなるくらい。だけど、堪えきれない悔しさと怒りからなんだろう。そういう彼だからこそ信頼できると思った」
「東風」について話していたときだった。アクリルボード越しにドキュメンタリー監督の森達也さんが話す逸話が鮮烈で、これは確かめないといけないと思った。
記者会見で大泣きした覚えはありますか?
東風の代表・木下繁貴(47歳)に聞いたのは、試写会が行われていた渋谷のビルの1階カフェだった。
「ああ」と一瞬顔を曇らせた木下が、「それは記者会見ではなく、しんゆり映画祭(川崎市)で『主戦場』が上映中止となったことで集まりがもたれたときですね。テレビも何社か来ていて、ニュースにも出たから、森さんはそれを見られたんでしょう。ええ。泣いた場面が大写しになって」。アハハと困ったように笑う。
従軍慰安婦問題をめぐり日系米国人の監督が左右27人の歴史学者、論客たちにインタビューしていく『主戦場』はシアター・イメージフォーラム(東京・渋谷)などで連日満席のヒットとなった。
市民が企画運営する「第25回KAWASAKIしんゆり映画祭2019」での上映が決まっていたが、一部の出演者から上映中止を求める裁判が起こされ、共催の川崎市が訴訟案件であることを理由に上映取りやめを主催者に求めていた。「あいちトリエンナーレ2019」での「表現の不自由展・その後」の騒動があった直後のことだ。