(撮影/写真映像部・松永卓也)
(撮影/写真映像部・松永卓也)

◆働きやすさ求め全員が正社員

 木下が言う。「私は劇場担当で、アップリンクの浅井隆氏とはつきあいも長い。彼に問題があることもよく知っています。だけど、ある面では尊敬すべき人だとも思ってきました。劇場の編成担当者もよく知っています。だから作品を出せないよ、とは言いたくはない。ですが、会社の総意としては、提供しないということにしました」

 もしも東風が「合議制」をとらない、木下の判断で決まる会社だったとしたら、どうだったか。

「やはり迷っていたでしょうね。言い訳して出したかもしれないし、やはり同じ選択をしたかもしれない」

 じつは、木下には東風をつくる際に決めていたことがある。「あいまいな労働形態はやめよう。全員を正社員にして社会保険に入れると決めたんです。それで、みんなが働きやすい労働環境をつくろうと」

 前に勤めていた職場で木下は「社員」のように働きはしていたが、実態は何の身分保障もない「偽装請負」状態だった。好きな映画の仕事がやれるんだからという思いと、これはおかしいのではないかという疑問。矛盾に揺れていた。だから会社をつくるとなったときに、前の会社を反面教師にしてきたという。

「それは意識的にやったことで、曲げたくはないんです。でも、そうは言っても、当初は長時間労働で、ブラックだった」

 映画の配給宣伝は一時期「なりたい職業ランキング」の上位にあがることもあった。木下は言う。「でも、ひとの入れ替わりが激しい。配給会社を流浪しているようなひとも多いですし。だけど、私は長く勤めてほしいんですよね。結局ひとが会社の財産なので」

 だから彼らが面白がって仕事をしてくれる環境を整えるのが自分の役割だという。東風に定着している「合議制」もオープンに話し合う中で形作られたものだと木下は言う。

 この日、6月公開予定のヤン・ヨンヒ監督の新作『スープとイデオロギー』のポスターの案が上がってきていた。ざわざわ。華やいだ声が飛び交う。ベルリン国際映画祭などで数々の賞に輝いた『かぞくのくに』から10年。東風が配給する。

(一部敬称略)

週刊朝日  2022年4月22日号