(撮影/写真映像部・松永卓也)
(撮影/写真映像部・松永卓也)

 映画祭の主催者が安全面への配慮から上映見送りを決めたところ、映画祭に参加していた監督、俳優、観客から抗議の声が上がり、2019年10月30日に参加者が自由に発言できるイベントが川崎市内で催され、デザキ監督も出席していた。

 会場の後方の席にいた木下は発言を求められ、立ちあがると鞄(かばん)の中に入れていた映像素材を掲げ、声を張り上げ話しはじめるや泣きだしてしまっていた。

「心境ですか? 自分たち以上に市民の人たちが怒っていて、そのことに感極まったんだと思います。人前で泣くなんて、葬式ですら泣いたりしたことはなかったんですけどねえ」

 作品への思いゆえとはいえ、突然大泣きしてしまった木下に、彼の後ろに座っていた東風の社員たちは笑ってしまっていたという。

「ひどいですよねえ。でも、ドン引きしたのもたしかにそうで」と向坪美保(35歳)。デザキ監督も笑った一人だったが、彼らと行動を共にするうちにこう思ったという。

「最近の日本のメディアが自粛する傾向があるなかで、東風の人たちは私の映画のために戦っているだけでなく、日本のすべてのドキュメンタリー映画のために戦っていたことがわかり、孤独を感じることはなかった」

 その後、一転。『主戦場』は映画祭で上映された。

「何で、そういう映画を配給するのか? ええっ? 何ででしょうねえ」

 東風では配給作品の選択を社員全員の合議で決めてきた。この映画は厄介そうだからやめておいたほうがいいとは思わなかったですか。ざっくばらんに尋ねると、石川宗孝(36歳)はしばらく考えはじめた。

 大学院で異文化交流を専攻し「山形国際ドキュメンタリー映画祭」を研究テーマにした学究肌で、社会運動的なものに関わってきたことはない。彼に限らずだが、東風の面々は一見ヤワそうに見える。石川が「ですよね。みんな腕っぷしの弱そうなのばかりで」と笑う。

 しばらく別の話をしたあと「さっきの質問ですが、たしかにこれはめんどくさいことになりそうだけど、映画として面白いと思った。(マイナス思考にならないのは)みんなでやろうと決めたからじゃないですかねえ」と答えが返ってきた。

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