2008年、長女を抱く朴被告
2008年、長女を抱く朴被告

――事件の日、何が?

 夕方、妻から「涙が止まらない」など様子のおかしいメールが15通届きました。私は急ぎの仕事だけ片付けて会社を出ましたが、家に着いたのは深夜1時でした。妻は錯乱し、終始ぶつぶつと何かをつぶやき、こちらの言葉は通じませんでした。

 そして生後9カ月の第4子を道連れに死ぬと言い包丁を手にしたので、もみあいになりました。妻が頭を振り回し、私はその頭を抱きかかえました。首を絞めた覚えはありません。

 その後私は、赤ん坊を抱いて子ども部屋に逃げました。ドアノブをガチャガチャ回す音やドドドという物音が聞こえましたが、自分と子どもが傷つくのを恐れてドアを開けられませんでした。

 静かになって外に出ると、階段にはジャケットを首に巻いた妻がいました。それは、私の誕生日に妻が買ってくれたジャケットでした。

――その後、朴さんは119番通報をし、駆けつけた警察官に「妻は階段から落ちたことにしてください」と話し、その日の取り調べでは「妻は階段から転落した」と話しています。ところが翌日、「自殺だった」と説明を変えた。なぜ嘘を?

 間違ったことだったのかもしれません。しかし私は、こんなことは妻に起きてはいけない、子どもたちにも決して言えないと思いました。

 病院で妻の死が確認され、家に帰ると、子どもたちが「パパ大丈夫?」「ママどうしたの?」と口々に言いました。私は「大丈夫、大丈夫だから」と嗚咽し、何も言えませんでした。そして、少なくとも警察には妻の自死について話そう、相談してみようと思い、翌日の聴取で打ち明けました。

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変わり果てるまで戻ってこなかった妻の遺体