――逮捕までの経緯は?
妻の自死の翌日、子どもたちは児童相談所に連れていかれました。理由は、監護者の不在。私はまだ逮捕されておらず、私の母や妻の妹も面倒をみると言っていたのに。私は毎日児童相談所に電話して、「一目だけでも会わせて下さい」と頼みました。
妻(の遺体)も戻ってきませんでした。警察には「返すかどうかはこっちが決める」などと言われ続けました。
私は警察に対して、どうしても疑念を抱いてしまいます。一番上の子は14回もの取り調べを受けていました。保護者の許諾なしに聴取するために児童相談所に入れたのでは? 妻の遺体にこだわったのは、首吊り特有の痕跡など、自死の証拠が残っていたからでは?
結局、子どもたちと妻が帰ってきたのは、4カ月後の12月でした。妻は変わり果てた姿でした。弁護士さんは「もうこのご遺体からは何もわからない」と言いました。警察は、私の妻がそうなるのを待って、返したのでしょうか。遺体は誰にも見せられませんでした。
お葬式のとき、妻の額に唇をつけました。涙が止まりませんでした。
そして生前の妻の姿を思い浮かべました。きっと今は、残された子どもたちが健やかに育つことを何より願っているはず。であれば私は、子どもたちとしっかり生きなければ。そう思いました。しかし年が明けた1月10日、逮捕されました。再び世界が暗転しました。
――これまでの裁判について思うことは?
私は妻を手にかけてなどいません。それが事実です。判決は間違いです。
一審も二審も、裁判の過程で一度も検討しなかった争点が判決で突然持ち出され、有罪を言い渡されました。弁論の機会を与えてくれれば、すぐに誤りだとわかる有罪理由です。検察は、司法解剖を行った医師ではなく、別の法医学者を立てて立証を担わせてもいます。
公正な裁判を受けさせてほしいです。この錯誤が最高裁で訂正されると信じています。