横尾忠則
横尾忠則
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 芸術家として国内外で活躍する横尾忠則さんの連載「シン・老人のナイショ話」。今回は、大好きなアンコについて。

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 何かテーマは? と聞くと担編さんこと鮎川さんは「アンコ」とおっしゃる。大の大人がアンコなんていいますか。やっぱり子供性が抜け切れないんですかね。そういう僕もアンコは大好きです。アトリエにはアンコのお土産が日常化しています。いくらアンコが好きだと言っても、恐ろしいのは糖尿病です。でも僕のアンコ好きは伝説化しているらしく、アンコ攻めはあとを絶ちません。

 一時、アトリエの玄関のドアに「アンコお断り!」と深沢七郎さんの玄関の貼り紙を真似て、したところ、「すみません、アンコを持ってきちゃいました」と。生まれながらにアンコの好きな僕はアンコの顔を見てしまえば、NOとは言えない。「いえ、いえ、あんな貼り紙はナントカ、カントカですから気にしないで下さい」と言いながら半ば喉から手が出ています。

 以前、「横尾さんに展覧会をお願いするならアンコを持って行けばイチコロですよ」という噂が広がって、一度に30個のボタを持って来られた方がいました。展覧会のオープニングパーティにはアンコが山ほど積まれるのが定番になってしまった。

 アンコ好きは横尾家の遺伝というか伝統になってしまっていて、父が危篤になって郷里の田舎に大阪などの遠方から親戚が集まった時、口も利けなかった父が突然「アモが食べたい」と言いだした。「アモ」とは方言で、ボタ餅のことではないのかな。脈を取っていた医者が、「あきまへん、喉につまってこのままおだぶつでっせ」。親戚中が寄って、父の枕元で、「この世の別れや、食べさせてやりいな」と言われて僕は泣き泣き自転車でボタ餅を6個買ってきた。死にかけていた父は、6個ペロリとたいらげてしまった。危篤の人間がボタ餅6個ですよ。父は普段から6個ぐらい平気で、アンコが大好きで、お茶漬けに大サジ一杯の砂糖を入れて、さらにアンコを混ぜて、ぜんざいみたいにして食べるのが好物。酒が飲めない父はもっぱらアンコが酒がわり、そのことを知っている親戚の人達は「しゃーない、食べさせへんかった、と怨んで化けて来られたらかなわんわ」と一同、ボタ餅が喉につまって死ぬ瞬間を医者と共に今や遅しと見届けることになった。

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