春風亭一之輔・落語家
春風亭一之輔・落語家
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 落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「花束」。

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 商売上、花束を頂く機会がけっこうある。一番多いのは学校公演。体育館で一席やった後、「ありがとうございました。それでは生徒代表から御礼の言葉と花束の贈呈です」という先生のMC。「スダ君(仮)、アリムラさん(仮)、お願いします!」。男女生徒2人がステージに上がってくる。

 スダ「今日は僕たちのために素晴らしい落語をありがとうございました。一之輔さんの落語を聞いて笑いが止まりませんでした!」。明らかに事前に書いたと思われる原稿用紙を読んでいるスダ。お前、最前列でずっと寝てたじゃねえか。アリムラ「今日の経験を今後の生活に生かしていこうと思います!」。『寿限無』をどうやって生かすのか? 子どもに長い名前つけるの? やめとけ。ツッコミどころ溢れる挨拶の後、アリムラさんは「この分をギャラでくれ」と思わせるような巨大な花束を私に渡してくれた。芸術鑑賞会のたびに街の花屋さんが潤うのだ。この街の経済を止めるわけにはいかない、仕方なし。

 在来線を乗り継いで帰京するのだが、たいがいの学校公演は昼間。だから東京に帰ってから、また次の現場に行かねばならないことが多い。正直言ってこの花束、めちゃくちゃに邪魔である。駅のホームでじっと見つめると「ちゃんと家まで持って帰ってね」と花束が言う。昔、ある先輩が言っていた。「花束は駅の売店のおばさんにあげると喜ばれるよ」と。

 キオスクにおばさん発見。急に見ず知らずの男から巨大な花束を渡されたら、このおばさんどんな顔をするだろう。喜んでくれるかな。訝しまれるか。まず説明をちゃんとしなきゃいけないな。「あのー、私、落語家でして、この近くの○○中の公演が終わりまして、この花束……よかったら……」「あら! ステキ!」とおばさん。ほっ。助かった。「貰ってくれます?」「ダメダメダメダメ!」。え? 「だって貴方が頂いたんでしょ。ダメよ。私なんかが貰っちゃったら!」。いや、俺だってどうしても貴女にあげたいわけじゃない。苦肉の策なのだ。「ぜひ!」「ダメよー、だってうちの孫、○○中の生徒だし。『なんで婆ちゃんがその花持ってるの?』ってことになるでしょ!?」

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