イラスト/もりいくすお
イラスト/もりいくすお

 そらそうだ……そうこうしてるうちに電車が来て乗車。車内で異常な存在感を放つ花束。「こいつこれから一世一代の愛の告白するんか?」的な目線を感じつつ、網棚へ載せ、シートに腰をかける。「あーこのまま、知らん顔して電車降りちゃおうかな」と思ってると、花束の持ち手のとこから水がポタポタ。頭が濡れた。花束が「ここにいるよ」と訴える。ままよ。このまま置き去りにして降りちまえ。と歩き出すと、「忘れ物ですよ!」と親切な方が呼びとめる。「……ありがとうございます」と渋々手に取ると、ユリの花粉がべっとりと白いシャツにつきやがった。「置いていこうとしたでしょ?(笑)」と花束がほくそ笑む。

 一日中、花束を持ち歩き夜中にクタクタで帰宅。その時、気づく。「あぁ、これは今日一日頑張った私への花束なんだな」って。萎れたユリが自分に見えてくる。この花粉、なかなかとれねえんだわ。

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/1978年、千葉県生まれ。落語家。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。この連載をまとめたエッセー集の第1弾『いちのすけのまくら』(朝日文庫、850円)が絶賛発売中。ぜひ!

週刊朝日  2022年4月29日号

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