TOKYO FMのラジオマン・延江浩さんが音楽とともに社会を語る、本誌連載「RADIO PA PA」。今回は映画『ニトラム/NITRAM』について。
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この映画は一人の青年が破滅へ向かうカウントダウンを描いている。「殺せ」との囁きにつきまとわれバランスを崩していく姿を執拗に描写する。それは悪魔の詩を奏でるかのように不穏だ。周囲に無視され、行き場を失くし、暴走に至る主人公の孤独な旅路。
舞台はかつて囚人の流刑地だったオーストラリア・タスマニア島。これといった産業もなく、閉ざされた人間関係の中、28歳のマーティンが無差別銃乱射事件を起こす。
彼は何ひとつうまくいかなかった。作品のタイトル『ニトラム/NITRAM』は彼の名前「MARTIN」を反転させた蔑称だった(MARTIN→NITRAM)。みな彼を馬鹿にしていた。彼は母親に強制的に抗うつ剤を飲まされてもいた。
1996年4月のある日曜、マーティンは家族連れでにぎわうポート・アーサーのカフェに赴く。ジュースをひと飲みし、半自動小銃で手当たり次第に35人を殺す。殺人罪で仮釈放なしの終身刑、1652年の懲役刑となるが、まだ事件は終わっていないと脚本のショーン・グラントは語る。
「報道では犯人に邪悪だったとレッテルを貼りがちだ。ニュースを簡単に消化できるから。しかしこの捉え方は危険。事件を忘却することで同様の事件が繰り返される。芸術は事件の深い闇に立ち向かっていく術を持っている。これは私にとって『反銃器映画』だ」
「ピストル? ショットガン? 半自動ライフル? 何が欲しいんだ?」「ベトナム戦争で使われたやつもあるぞ。美しい銃だ」
「5千ドルで、弾丸80発つけるぞ」
これは銃砲店での生々しいやりとり。店員に説明されて主人公の目が輝く。それは初めて意思を持った瞳に見えた。
「あなたには思いやりがあるし、頼りになる」と言ってくれた女性が事故で死に、優しかった父も自殺、ひとりきりになっていた彼は銃を持とうと決めた。