対独戦勝記念日にモスクワで行われる軍事パレードのリハーサル/4月18日(Anadolu
対独戦勝記念日にモスクワで行われる軍事パレードのリハーサル/4月18日(Anadolu Agency via Getty Images)
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 終わりの見えないウクライナ侵攻。ロシアのプーチン大統領が5月9日までに「戦果」を求めた理由について、北海道大学スラブ・ユーラシア研究センターの宇山智彦教授に聞いた。AERA 2022年5月16日号の記事を紹介する。

【地図】ロシア軍が侵攻した地域と撤退した地域

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 ウクライナに侵攻したロシアが5月9日、「最も大切な記念日」を迎えた。ソ連時代の1945年、第2次世界大戦でナチスドイツに勝利した戦勝記念日だ。犠牲者は国別では最多の2千万人超。戦いの凄惨(せいさん)さは「人類史上最悪」とも言われる。宇山智彦教授は「『第2次世界大戦に勝った』ことはロシアの非常に大きな国家アイデンティティーになっている」と話す。

「単に連合国の一員として勝っただけではなく、ナチスドイツに最も苦しめられた国でありながらもそれをはね返し、欧州をナチスの手から解放するのに最も大きな役割を果たしたという自負があるんです」

「(史上初の社会主義国家の)ソ連が1922年にできてからの約20年は、『農業集団化』に対する農民の反発や、スターリン政権による大規模な粛清(大テロル)など、必ずしも国がまとまる状況ではなかった。ナチスドイツとの戦争で多大な犠牲を出しつつも祖国を守るために団結して勝ったことは、『大祖国戦争』と呼ばれる国民統合のシンボルになったんです」

ロシアにとっての勝利

 今回のウクライナ侵攻でもロシア大統領のプーチンは対独戦勝記念日にこだわり、その日までに戦果を出すよう指示してきたとされる。宇山さんは理由として「5月9日が持つ意味」の変化を指摘する。91年のソ連崩壊後、エリツィン政権と第1、2次プーチン政権、そしてメドベージェフ政権前半の2010年ごろまで、5月9日は旧ソ連12カ国(08年時)でつくる独立国家共同体(CIS)諸国や、ナチスドイツ相手に共に戦った連合国の国々とも一緒に祝う日だった。しかし、プーチンが12年に再び大統領になったころから、「もっぱらロシアにとっての勝利の日」へと変化したという。

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