東浩紀/批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役
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 批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。

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 痛ましい事故が起きた。

 大型連休を控えた4月23日午後、北海道の知床半島沖で乗員乗客26人が乗船した遊覧船が沈没した。死者14人に行方不明者12人で、犠牲者には幼い子供も含まれている。船はのち水深120メートルの海底で発見された。

 事故は人災の側面が強く、運航会社の「知床遊覧船」に非難が集まっている。同地には複数の業者があるが、同社だけが先行して観光船の運航を実施していた。当日は荒天が予想されたが強引に出航した。

 船長は経験が浅く、過去にも事故を起こしていた。おまけに衛星電話も無線も故障していて、救助要請は乗客の携帯に頼らざるをえなかった。「運航管理者」である同社社長は事務所に不在で定点連絡も受けていなかった。そもそも社長は船舶免許もなければ十分な実務経験もなく、運航管理者になる資格がなかったという。

 次々と明らかになる事実には呆(あき)れるばかりだ。海上保安庁は同社と社長宅の強制捜査に乗り出し、国土交通省は事業許可取り消しを検討している。当然の話だが、事業者の処分だけで終わりにしてはなるまい。同社は昨年行政指導を受け、事故直前にも検査を受けていた。にもかかわらず杜撰(ずさん)な運営は一向に改善されず、事故につながった。問題は行政指導や検査の形骸化にもある。5月8日には松野博一官房長官が船舶検査の体制再検討を表明した。改革に期待したい。

 観光産業の苦境にも目を向けるべきだろう。同社は昔から危険な運航をしていたわけではない。20年に熟練スタッフを解雇し、人件費や補修費用を切り詰めたことが事故につながったと報じられている。背景にコロナ禍があったことは想像に難くない。だからといって規定違反が免責されるわけではないが、安全確保には金がかかる。命を預かる業者には特別の支援が必要かもしれない。

 筆者は同地を2度訪れたことがある。観光船にも乗った。知床の自然は美しい。ウトロ以北の半島にはほとんど足を踏み入れることができない。雄大な自然を満喫できるのは海上からだけだ。悲劇を乗り越えての早期の復活を祈りたい。

◎東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数

AERA 2022年5月23日号